米朝首脳会談がシンガポールで2018年6月12日9時(日本時間同10時)から始まることが決まり、その成果に注目が集まる中、礒崎敦仁・慶応大法学部准教授(北朝鮮政治)が6月5日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で会談の見通しについて記者会見した。
米国が金正恩体制を保証することを前提に、金正恩氏は完全な非核化に応じる可能性があると予測。ただ、仮に北朝鮮が完全な非核化を表明したとしても(1)宣言を実行に移す段階で様々な問題が起きる(2)金正恩体制が長い間続きうることについて日本国内で議論が深まっていない、といった課題を指摘した。
核&経済の「並進路線」やめた理由
礒崎氏がカギとみているのが、北朝鮮が13年の朝鮮労働党中央委員会総会で打ち出した「並進路線」だ。核開発と経済建設を両立させるという内容で、当時は、リビアのカダフィ政権が核開発を放棄したために崩壊に追い込まれたこと に対する危機感が背景にあった。ところが、18年4月20日に開いた中央委員会総会では、並進路線を終了して経済成長に重点を置くことを決定。この5年の間に、北朝鮮は長距離弾道ミサイル(ICBM)の発射に成功したとして「国家核戦力の完成」を宣言していた。
礒崎氏はこういったことを背景に、「核を持つことによってむしろ米国からの脅威が高まった」と指摘、その上で、体制保証と引き換えに核を手放す可能性を指摘した。
「核を持たなくても体制が保証される、つまりトランプ政権以降の米政権も北朝鮮を攻めることがないという確証を持てるのであれば、取引をしてもよい、という段階に至ったように見える」
「デメリットが大きい核兵器をこのまま何十年も持ち続けるよりも、核を手放すという判断をすることによって、むしろ今の体制をそのまま温存できる可能性を考えたのではないか」
非核化の具体的な内容についても、(1)トランプ氏が完全な非核化にこだわって交渉できるか(2)合意をしても履行段階で様々な問題が生じる、といったハードルの存在を指摘した。
金正恩体制が続いていくことについての議論が足らない
さらに、会談が実現すること自体が、
「あの体制をそのまま認め、あの体制のトップに金正恩国務委員長がいるという、その存在を認めることに他ならない」
とも。ほとんど金正恩体制の存続は約束されたようなものだとも言え、
「北朝鮮が踏み込んだ譲歩によって合意をしたことにより、あの北朝鮮の体制が今後何十年もずっと続いていく可能性について、もっと日本では議論が行われた方がよいのではないか」
とも付け加えた。
拉致問題「日本にとって理不尽な外交になり得る」
日本政府にとっての関心事は拉致問題の進展だが、トランプ氏が北朝鮮の金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長と会談した際には、人権問題を扱わなかったことが明らかになっている。
礒崎氏も、
「北朝鮮は、トランプ大統領が人権問題を明確に主張していないからこそ、取引の可能性があると考えたのだろう。北朝鮮は体制を変化させたいのではなく、温存するために核だけを取引に出そうとしている」
と、米朝首脳会談で「人権問題」が取り上げられることについては否定的な見方で、とりわけ拉致問題については、さらに厳しい見通しだ。
「拉致問題は依然として我が国にとって重要な問題だ。韓国や米国の大統領に頼むだけではなく、やはり日本外交の懸案なので、日本が自ら動いて北朝鮮に交渉を仕掛けなければならない。被害者である我が国とっては理不尽な外交になりえるが、それでも拉致被害者の奪還という目的を達成するために、手段はより柔軟であるべきだと考える」