岡田光世 「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
米朝会談は2年前の大統領選の再現か

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「あのふたりは、久しぶりに会った友達同士のようでしたよ」

   2018年5月中旬、ニューヨークの韓国料理店でランチを取りながら、韓国系アメリカ人のグレイス(92)が、嬉しそうに日本語で私にこう言った。

   北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、板門店(パンムンジョム)にある南北軍事境界線でにこやかに固く握手を交わし合った時のことだ。

  • 米朝首脳会談は6月12日に再設定された
    米朝首脳会談は6月12日に再設定された
  • 米朝首脳会談は6月12日に再設定された

上昇するトランプ支持率

   グレイスは日本統治下の韓国で生まれ育った。60年ほど前にニューヨークに移り住み、市内に韓国人の子供たちが韓国の文化と言語を学ぶための学校を設立。今も校長として現役で働いている。何年か前にアメリカの市民権を取った。

「北朝鮮と韓国の関係がいい方向に向かっていることが嬉しい。トランプ大統領が金正恩に屈することなく、強い意志で押し通した成果です。時々、押しが強すぎて心配することもあったけれど。北朝鮮がきちんと非核化するように、最後まで査察して、確認することが大事ですよ。日本もずっと恐怖を感じていたでしょう?」

   この連載の前回の記事「パロディ動画が映す金正恩へのジレンマ」でも触れたとおり、トランプ氏が「フェイクニュース」と攻撃し続けてきたCNNニュースは5月10日、米朝首脳会談を米国民の77%が支持している、と自社が行った世論調査の結果を発表した。

   トランプ政権の北朝鮮政策への支持も53%と一気に上昇。北朝鮮問題で支持率が過半数に達したのは、トランプ氏が大統領に就任して以来、初めてのことだ。トランプ氏と金氏が互いに激しい非難の応酬を展開していた2017年11月には35%だったから、7割近く伸びたことになる。民主党支持者の間では、4月の6%から26%と支持率が大幅に伸びている。

金委員長への手紙を元教師などが添削

   5月11日に米韓合同軍事演習が始まると、北朝鮮の態度が一変。16日に予定していた南北閣僚会議を北朝鮮がキャンセルし、「米国が一方的な核の放棄を要求し続けるのであれば、首脳会談も考え直さなければならない」などと強気に出た。

   5月24日、トランプ大統領が突然、北朝鮮側の「大きな怒りと明らかな敵意」を理由に、米朝首脳会談の中止を発表。日本、韓国、アメリカを始め、世界中に衝撃が走った。

   北朝鮮問題をニュースでフォローし続けてきたという知人の反トランプ派のケリー(26、米北西部オレゴン州在住)は、「いつものトランプの思いつき。結局、なんのポリシーもないのよ。トランプは、最初から首脳会談をやるつもりなどなかった。これは単なるショーに過ぎないわ。しかも、北朝鮮がアメリカ人の人質を解放し、核施設の一部を爆破したあとで、会談中止を表明するなんて。こんな人間を北朝鮮や韓国は愚か、世界が相手にするわけがない。アメリカの恥だわ」と厳しく批判する。

   トランプ氏が金正恩氏宛てに書いたとされる手紙が、元教師などに添削されてネット上で出回るなど、相変わらずリベラル派の一部は物笑いの種にした。

   「本物の独裁者、金正恩と会うのにおじけづいたのだろう」「ロシア疑惑からマスコミの目を逸らすためだ」と揶揄する声もあった。

   とはいえ、北朝鮮に対する不信感は強く、トランプ氏が首脳会談を中止することに賛成する声は、意外に強かった。

   「北朝鮮はこれまで何度も約束を破ってきた。金正恩が核を手放す気がないなら、首脳会談を開く意味がない」というわけだ。

   一方で、ボルトン米大統領補佐官が「リビア方式」にこだわれば会談は破綻するだろうと、米国内では批判されていた。2003年にリビアでカダフィ政権が大量破壊兵器を放棄した際に、核計画の完全放棄が確認されたあとに、制裁解除と経済支援を行った方式だ。

   核放棄後に政権が崩壊し、カダフィ氏が殺されたように、北朝鮮もリビア方式でやられるのではないかと、金氏がアメリカに対して不信感を抱いたとも考えられる。リビア方式については、5月17日にトランプ氏が否定している。

   その後、金氏の親書がトランプ氏に届けられた。トランプ氏は首脳会談を当初の予定通り、6月12日にシンガポールで開催すると発表した。

反トランプ派も認め始めた「歴史的快挙」

   ここでまた、リベラル派はトランプ氏を批判する。

   イリノイ州シカゴに住むジョナサン(46)は、「やる、やらない、やる。表か裏か。いっそのこと、コインを投げて決めたらどうかと思うよ。手紙を書いたり、自分の声明を180度、覆したり。トランプがやることは、リアリティテレビ番組だ。すべて支持率を上げるため。最初から会談を中止するつもりなんて、なかったはずだ。外交もすべて自分で決め、国務省も議会も他国の意向も無視だ。北朝鮮問題にしたって、バカにされて腹を立て、おべっかを使われていい気になり、何の戦略も計画もない。トランプにとって、朝鮮半島の和平なんかどうでもいいんだ。会談をいつでも放棄できると、自分を強く見せたいだけだ」

   そして、リベラル派がよく口にするトランプ批判の決まり文句を、ジョナサンは口にした。

「It's all about his ego.(すべてトランプのエゴのためだ)」

   ジョナサンの友人・アイリーンは民主党支持者だが、北朝鮮問題についてのトランプ氏のこれまでの成果を評価している。

   「この先はトランプが手を引いて、民族も言葉も同じ韓国と北朝鮮が、自分たちの手で和平に向けて話し合っていけばいいのに。トランプが口を出せば、アメリカにとって都合のいいように話を進めざるを得なくなるのだから」と話す。

   一貫性がなく、予測不可能で、言うことがコロコロ変わる。激しく非難していたかと思えば褒めそやす。普通なら政治家としては失格かもしれない。が、これがトランプのやり方だ。うまくいけば、歴史的な快挙を遂げるかもしれない。そう思い始めた反トランプ派は少なくない。

   まさに、2016年の大統領選の時と同じだ。専門家は皆、わかったようなことを言っていたが、結局、勝利したのは、トランプだったではないか。

   トランプ支持者たちは今そう、ほくそ笑んでいる。

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。


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