日本大学・危険タックル問題をめぐる宮川泰介選手の会見で、新たに注目を集めたのが「井上コーチ」の存在だ。
この「井上コーチ」とは、日大アメフト部でコーチを務める井上奨氏を指す。チームにおいて絶対的な地位だった内田正人監督ではなく、この井上コーチが、直接的な指示を行っていたとされる。また、2018年5月12日、内田監督に代わって関西学院大学への謝罪に赴き、「門前払い」を食らったのもこの人物だ。
内田監督も同じ日大豊山出身
日大アメフト部ファンによるウェブサイトやブログ記事などには、2007年~10年ごろにかけての所属選手として、「井上奨」選手の名前がある。奇しくもポジションは、宮川選手と同じディフェンスライン(DL)だ。
井上コーチは、系列校である日大豊山高校のアメフト部の監督も務めていた。宮川選手はこの出身であり、いわば恩師とも言うべき存在である。付け加えれば、内田監督も日大豊山→日大という経歴をたどっている。
その「恩師」が、宮川選手を危険タックルへと追い込んだ――22日、日本記者クラブで行われた会見からは、そんな非情の構図が浮かび上がる。
「宮川なんかはやる気があるのかないのかわからないので、そういうやつは試合に出さない。辞めていい」
内田正人監督から、チームメンバーの前でこう叱責され、さらに日本代表を辞退するよう求められるなど、宮川選手は問題の試合を前に苛烈なプレッシャーを受けていた。
高校時代から知る井上コーチからもまた、
「お前が変わらない限り、練習にも試合にも出さない」
と突き放され、実際に実戦練習からも外されるという仕打ちを受ける。異常ともいえる「冷遇」の中、試合前日の5日の練習後、井上コーチはこんな指示を下す。
「監督に、お前をどうしたら試合に出せるか聞いたら、相手のQBを1プレーで潰せば出してやると言われた。『QBを潰しに行くんで僕を使ってください』と監督に言いに行け」
髪を「坊主」にすることも命令
さらに井上コーチは、「相手のQBと知り合いなのか」「関学との定期戦がなくなってもいいだろう」「相手のQBがケガをして秋の試合に出られなかったらこっちの得だろう」「これは本当にやらなくてはいけないぞ」などと、相手選手を負傷させることを意味しているとしか取れない言葉を繰り返し、さらに髪を坊主にすることも命じた。
試合当日にも重ねて井上コーチは監督への直訴を命令、さらに「QBに突っ込みますよ」と確認する宮川選手に「思い切り行って来い」、さらに直前の整列時にも「できませんでしたじゃ、すまされないぞ。わかってるな」と念を押した。
YouTube上には、試合前の井上コーチと思われる人物の姿を捉えた動画が出回っている。わざわざ宮川選手に近づき、肩を抱きこむようにして、何やら二、三言ささやく――。
試合後も、ねぎらうどころか、
「××(先輩選手)は自分にもやらせてくれと言ったぞ。お前にそれが言えるのか」
「お前のそういうところが足りないと言っているんだ」
「(退場後に泣いたことに)優しすぎるところがダメなんだ。相手に悪いと思ったんやろ」
などとプレッシャーをかけ続けた。これに宮川選手は、「さらに気持ちを追い詰められました」という。
宮川選手の「信頼」裏切った指導者たち
その後、井上コーチは退部を申し出た宮川選手を、もう1人のコーチとともに「お前が辞める必要はないだろう」「向こうとの試合がなくなろうと別にいいだろう」などと慰留する一方、12日には関西学院大学への謝罪に連れ出している(この日は面会できず)。
22日の会見では宮川選手の、複雑な思いがうかがえる場面があった。報道陣から、「監督・コーチ(への)信頼はありましたか」との質問が飛んだときのことだ。
沈黙はおよそ20秒。下唇をかみ、躊躇するようなしぐさを見せたのち、上がったのは内田監督ではなく、井上コーチの名だった。
「井上コーチには、僕が高校2年生のころから、監督をやっていただいていたので、そのころから、『信頼』は――していたのかもしれないです......」
その語尾は、消え入るように小さかった。