東芝の半導体メモリー事業売却に垂れ込めていた暗雲がようやく晴れた。最後まで残っていた中国の独占禁止当局の審査でようやく承認され、東芝は2018年5月17日、米投資ファンド「ベインキャピタル」が主導する「日米韓連合」に6月1日に2兆円で売却すると発表した。一時、売却を白紙に戻すことも検討されていた。東芝は約1兆円の売却益を得て財務基盤が大きく改善、成長分野への投資に振り向ける原資を得ることになる。
不正会計や米原子力子事業の巨額損失で揺れ続けた東芝の再建問題は、これで大きな山を越えた。ただ、メモリー事業は現状で東芝の営業利益の9割を生み出す稼ぎ頭だけに、残る社会インフラなどの事業をいかに伸ばし、新たな成長戦略を描くか、重い課題を背負っての再スタートになる。
中国がようやく承認
東芝は2017年4月、同事業を「東芝メモリ」として分社化。ベインキャピタルや光学機器メーカーのHOYA、韓国の半導体大手SKハイニックスなどでつくる「日米韓連合」を買い手に、2兆円で売却する契約を9月に結んだ。アップルなど米IT4社や日本のメガバンクも資金を出すが、同業のSKについて、買収当初は経営の議決権を持たず、10年間は最大15%までしか保有できないという制限をつけた。各国の独禁審査を通りやすくするためだ。
世界市場を股にかけたM&A(企業の合併・買収)では、関係する国・地域の独占禁止当局の許可を得る必要がある。各国当局は市場シェアの変化などによって競争が妨げられないか審査し、問題ありとなれば合併・買収は完了しない。
東芝の審査は各国で順調に進み、日米欧など7か国・地域では早々に承認を得たが、中国だけは年度を越えていた。買い手の日米韓連合の中核は議決権の49.9%を握って筆頭株主になるベインなど米国勢であることから、米中の通商摩擦での米国への「意趣返し」で審査を長引かせているとの見方もでていた。中国当局の『翻意』の真相は不明だが、米中関係全体でのディール(取引)の一環との見方が出ている。
それはさておき、この売却が東芝の経営にどう影響するのかだろう。
そもそも、メモリー事業売却は、2017年3月期に巨額の債務超過に陥り、これを解消する切り札として売却を決めた経緯がある。ところが、東芝が同年末に内外投資ファンドなどを引受先に、6000億円の第三者割当増資を実施したことで債務超過を解消し、東証上場廃止(2期連続債務超過)の危機を脱した。その限りで、東芝メモリを売却する必要はなくなり、増資を引き受けた中の「物言う株主」として知られる投資ファンドなどからは、売却額が安すぎるから白紙に戻すべきだといった異論も出ていた。中国当局の審査の遅れを受け、東芝自身、独自に東芝メモリを株式公開(IPO)させるといった次善策の検討もしていた。
求められる「再建のスピード感」
それでも、東芝が計画通りの売却をベストシナリオと位置付け続けた。それは、自身の財務基盤と半導体事業の「宿命」からの判断だ。
半導体は技術革新のスピードが速いうえに、需要の浮き沈みが激しく、生き残りのためには、巨額投資で業界首位を走る韓国サムスン電子や、国家の支援を受ける中国勢との競争に勝つ抜くため、毎年千億円単位の巨額の設備投資を続けることが不可欠というのが宿命だ。ようやく債務超過を脱したとはいえ、財務基盤がなお弱い東芝にとって、この投資負担は重い。
とはいえ、メモリー頼みからの脱却を進めるのは簡単ではない。これ以外では、東芝は、(1)エネルギー、(2)インフラシステム、(3)人工知能(AI)、(4)メモリー以外の半導体――という4本柱を主力と位置付ける。しかし、現状で力不足は明白だ。2018年3月期決算(5月15日発表)のセグメント別の業績をみると、エネルギー部門は火力が世界的な逆風で不振であることなどから148億円の営業赤字。中核事業に据えるインフラ部門でも営業利益は前期より100億円少ない480億円にとどまり、メモリーを除く半導体事業が営業益473億円と、こちらも前期比100億円余り減と、軒並み苦戦。AIやすべてのものをインターネットでつなぐIoTなどはこれからの課題で、まだほとんど収益に貢献していない。
東芝メモリ売却益は約1兆円。また、売却後の東芝メモリに約40%分を再出資することになっているので、持ち分法適用会社として、現状の利益水準が続けば年間約670億円の利益が得られる計算。これらを原資に新たな収益源を育てていくことになる。車谷暢昭・会長兼最高経営責任者(CEO)は5月15日の決算説明会で「売却で入る大きな資本を投資効率のいい分野に振り向け、成長していく」と語った。2018年中をめどに投資先となる重点分野の絞り込みを進める方針だ。ただ、株主には2017年末の増資に応じて大株主になった海外ファンド勢もおり、再建のスピード感が求められる。