「北朝鮮が変わるわけがないわ」
ノーベル平和賞候補のニュースをネットで知った時、私はニューヨーク市の中心部、5番街に面した図書館のカフェでコーヒーを飲んでいた。
小さなテーブルに相席していた中年女性とおしゃべりしながら、トランプ氏のノーベル平和賞候補に推薦の話を告げた。ニューヨークのカフェでは、赤の他人との相席は珍しいことではない。
女性は「トランプ」の名を聞いただけで、嫌そうな顔をし、「馬鹿げた話。北朝鮮が変わるわけがないわ」と言い切った。
その女性は南部アーカンソー州の出身で、首都ワシントンに住んでいるという。自分の先祖が肖像画家で、その人について調べにこの図書館に来ていた。
アーカンソーといえば、ビル・クリントン元大統領の出身地で、知事や司法長官を務めた州。クリントン氏の選挙活動などをボランティアで手伝っていたが、「モニカ・ルインスキーとの不倫問題で、私たちの顔に泥を塗ったわ」と顔をしかめる。
2016年の大統領選では支持していたバーニー・サンダース氏が民主党の大統領候補に選ばれなかったため、「仕方なくヒラリーに投票した」と言う。
「トランプは何をしでかすかわかったものじゃない。気分を損ねたら、核のボタンを衝動的に押しかねないわ」と顔を曇らせる。
「北朝鮮が完全に核を放棄したら、トランプ氏を評価する?」と私が尋ねた。
「 もしそうなったら、少しは評価してもいい。でも、そうはならないわ」
じつはトランプ支持者の多くも、これで朝鮮半島に和平が訪れると単純に考えているわけではない。現状をかなり冷静に見ている。
トランプ氏を支持し続けている友人のロブ(67)ーは,「クリントンもオバマも、北朝鮮にやりたい放題やらせてきた。それに比べたら、ここまで北朝鮮を変えさせたトランプは、素晴らしいと思う。でも、喜ぶのはまだ早い。結果が出るのは、これからだ。日本の国民はどう思っているんだい? 態度を一変させた金正恩は今、いったい何を考えているのか」と首を傾げる。
各国の制裁圧力に加え、北朝鮮の地下核実験場の一部が崩落して使用不能になったことがその理由との報道もあったが、4月30日に発表された分析では、未だに使用可能とされている。
米国では、金正恩氏に対する懐疑心や不信感は、今もかなり強い。一部の間では、以前にも増して強まっている感がある。
正統派ユダヤ教徒のベン(61)は、家族・親族のほとんどがトランプ氏を支持している。ベンは数日前に会った時、トランプ氏がその前日にノーベル平和賞候補に推薦されたことをまだ知らなかった。
「トランプにノーベル平和賞? 気でも狂ったのか」
そう言うと、ベンは自分のiPhoneを私に差し出し、衝撃的なビデオを見せた。
(この項続く、随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。