今から40年近く前に香港の隣にある深センに行ったときには、そのうす暗いイメージ以外に何も残らなかった。その時すでに改革開放が始まり、深センも四つの開放地区の一つだったが、開放とは何か、その意味も分からなかった。
その後、中国ではいろんな地区が特区にされたが、日本の九州とほぼ同じ大きさの海南島は海南省になり、島全体が特区となった。すでに30年の歴史を持つ海南特区が今、深セン以上に大きく変わろうとしている。
政府系メディアが異例の取り上げ
2018年4月13日、習近平国家主席は海南省設置及び経済特区建設30周年記念大会に出席し、講演した。
「党中央は海南島全域における自由貿易試験区の建設を支持し、また海南が中国の特色ある自由貿易港の建設を模索しつつも着実に推進し、ステップごと、段階的に自由貿易港の政策及び制度システムを確立することを支持する」
翌4月14日、『海南における改革開放の全面的深化を支持することに関する中共中央及び国務院の指導意見』(以下、『意見』に省略)で、四つの海南の新たな戦略的位置づけを以下のように明確に示した。
1、改革開放の全面的深化試験区。2、国際観光消費センター。3、国家重大戦略サービス保障区。4、国家エコ文明試験区。
4月13日、中央テレビの「新聞聯播」は、海南での式典及び関連政策に関するニュースを30分近くにわたって報じ、同番組は42分に延長された(通常は30分)。4月14日から17日まで、『人民日報』は相次いで一面に合わせて4本の「評論家による記事」を掲載し、これらの記事のサブタイトルはいずれも「海南省設置及び経済特区建設30周年記念大会で習近平主席が行った重要講話を論じる」というもので、新華社通信はすべての記事を全文転載した。政府系メディアの大々的な取り上げ方は、稀に見るもので、中国共産党が非常に重視すると同時に、大きな期待を寄せている改革開放の取り組みであることが窺える。
「新たな改革開放のラッパ」
海南省の自由貿易試験区は、昨年から着手されていた。
それは、政治的な理由がある。国内面では、「19大」(中国共産党第十九次全国代表大会)が開催されて上級指導者の権力構造が確立され、習近平主席は「18大」(中国共産党第十八次全国代表大会)の三中全会で行った公約を実行に移すため、新たな改革開放の推進に着手している。また、国際面では、米国との貿易戦争の脅威や中国にさらなる開放を要求する日本などの西側からの圧力に対処するためでもある。2018年は中国の改革開放40周年、海南省設置及び経済特区設立30周年にあたり、この機会に海南省の同政策が発表されたのは、政府系メディアによれば、「海南が吹き鳴らす新時代の新たな改革開放のラッパ」である。
海南島は「21世紀の海上シルクロード」の重要拠点であり、同時に中国と南シナ海に位置する各国を結ぶ重要なハブだ。つまり、中国共産党が期待する未来の海南島は、単なる「中国」の自由貿易港ではなく、アジア太平洋地域を放射的に包含し、世界的に最も優れたビジネス環境を備えた自由貿易港のプラットフォームなのである。
面積では、これまでに存在した国外の全ての自由貿易港をはるかに上回る。同時に、その相互作用及びその連動性もまた、他の地域では類例のないものだ。習近平主席が提起した「産業の大融合、発展の大連動、成果の大々的な共有」もこの地で果たされることだろう。
さらにいえば、海南はまた、中国共産党の新たな発展理念の重要な担い手として適任であることだ。習近平主席は海南島で何度も人と自然の共存について触れた。海南には優れた自然環境の条件がそろっており、工業汚染の影響を受けていないため、「イノベーション、協調、エコ、開放、共有」の五大発展理念の実行において、この上なく条件を満たしている。
南シナ海、アジア太平洋の「安定器」
これまで中国には11カ所の自由貿易試験区があり、そのいずれも国内に主眼を置いたものだが、海南島全域で建設される自由貿易試験区は、単に海南島と中国の華南地域の発展をもたらすだけでなく、さらには東南アジアやアジア太平洋の成長を牽引、かつ地区全体の安全を促進することが期待されているからだ。
中国共産党は海南島が南シナ海、アジア太平洋の安全における安定器となることを望んでいる。その論理は実に明快だ。東アジアやアジア太平洋の各国がみな海南に投資するならば、この地区に各国の巨大な利益が集まることになり、そうなればこの地区で安全面の問題を引き起こそうなどとは誰も思わないはずだ。こうして、地区全域の安全が保障されることになる。
現在、海南省長を務める沈暁明氏は2017年3月に就任したばかりだが、彼はまさに上海からの転任である。上海で長きにわたって浦東新区や上海自由貿易試験区の管理に携わってきたことで、その自由貿易試験区のシステムを海南に導入し、これを土台に自由貿易港のシステムを「グレードアップ」するだろう。
海南島に対しての「国際観光の消費センター」や「国家エコ文明試験区」という戦略的な位置づけは、海南島独自の産業面での発展を促進し、島全域において観光や健康、介護、医療などの分野において深い模索に値する潜在力がある。これらのうちの多くは日本の得意分野であり、日本にとっても多くのチャンスが眠っているといえる。
最大の困難は旧体制との戦い
だが、海南島にとって最大の困難は実に、現存する旧体制との戦いだ。最高水準の対外開放システムとして、自由貿易港の建設は多くの古い体制や多くの規則や制約を打破する必要があり、そのためには、海南島に非常に大きな自主権限を付与する必要がある。さもなければ、海南島は各方面の体制や仕組みからの束縛を受けることになり、各部・委員会との「規制をめぐる戦い」に疲れ果て、前進するのが難しくなることだろう。
国務院の各部・委員会による行政規則だけでなく、さらに多くの法律がかかわっている。将来、多くの法律を海南において一時停止させたり廃止させたりするという権限は全人代により付与され、上海に自由貿易試験区を建設した時と同じような状況になることだろう。海南島が自由貿易港を模索する上で、調整すべき法律及び法規システムは上海自由貿易試験区と比べてより複雑だ。海南省は、より強大になる必要があり、ハイレベルな人材によって国務院の各部・委員会、全人代の各専門委員会に対応する必要がある。これこそが、海南の党・政府システム全体に対する試練である。
しかし、ここ数年では、中央と地方の関係において、実情として地方の権力は小さくなる一方であり、中央の権力は拡大している。『人民日報』のコメンテーターは、記事上で「大胆に突き進み、恐れずトライせよ」と励ましているものの、実行するのは容易ではない。
それでも、おそらく40年前、誰一人として、後々になってGDP規模だけでなく、商品の豊かさ、都市の活力の面でも深センが香港を上回ることを想像していた人はいなかっただろう。
これから海南自由貿易試験区は、深セン以上の発展を遂げるのか。注目すべきではある。
(在北京ジャーナリスト 陳言)