本格ミステリーの巨匠、島田荘司さんの名前を冠した「島田荘司推理小説賞」が、中国語で書かれた作品を対象に制定されています。2011年の受賞者、香港の陳浩基さんの近作『13・67』(文藝春秋)が「週刊文春ミステリーベスト10」で、昨年(2017年)のランキングベスト1になるなど、中国語圏のミステリーのレベル向上にも貢献しています。『13・67』は世界12か国語で翻訳が進み、ウォン・カーウァイ監督が映画化権を取得し、日本を起点にしたミステリー小説の輪が東アジア、世界へと広がりつつあるようです。このほど、来日した陳さんとの対談に臨んだ島田さんに話をうかがいました。
本格ミステリーもっと幅広く
――「島田荘司推理小説賞」の制定の経緯を教えてください。
私は広島県の福山市出身で、ばらのまち福山ミステリー文学新人賞(2008年~)にかかわっています。この賞を見学に来た台湾の出版社が、選考委員が私一人ということなら安く運営できることを知り、2010年から始まりました。
以前、日本から本格ミステリーを中国に輸出しようとしましたが、うまくいきませんでした。中国本土と比べて台湾は日本のミステリーの翻訳作品と読者が多く、台湾経由で中国本土へという流れを考えています。中国語で書かれた作品のあらすじを日本語に翻訳した候補作と論文を書いてもらい、私一人で選んでいます。台湾、香港、中国本土と中国語圏で定着してきたと考えています。
――陳さんの『13・67』の感想はいかがですか。
ブレイクして世界的な作品になったと思います。これで島田賞も知られるようになりました(笑)。社会派ノワール(暗黒物)の気配もありますが、21世紀の本格派としての発想もあり、うれしいです。特に捜査側がトリックをしかけるのがすばらしいと思います。
本格ミステリーといえば、アメリカの作家ヴァン・ダインが推理小説のルールとして定めた有名な20則(第1項 事件の謎を解く手がかりは全て明白に記述されていなくてはならない)がありますが、日本の(若い)新本格派の人たちは逆に20則にとらわれているところがあるのではないでしょうか。本格(推理)とはトリックを内包する小説ということです。私はトリックのアイデアを書き溜めてメモリースティックに入れています。面白いものから順番に使っています。頭の中だと忘れてしまうから危ないのです。
――本格の定義はほかにどうお考えでしょうか。
トリックがなくてもロジック(論理)があれば本格といえるでしょう。推理の理屈、論理ですね。ヴァン・ダインのルールを乗り越えていくべきです。ヴァン・ダインは不要かもしれません。ポーの方はいつまでも残ると思いますが。
香港でも読まれる日本の推理小説
島田さんとの対談に臨んだ陳浩基さんは、1975年生まれ。2011年に『世界を売った男』(文藝春秋)で「島田荘司推理小説賞」を受賞しました。香港には専業の推理作家は数人しかおらず、陳さんも大学卒業後、WEBデザイナーやゲーム企画の仕事をしながら書いてきたそうです。
――香港でも日本の推理小説は読まれていますか。
江戸川乱歩、横溝正史、松本清張など日本のミステリーはよく読まれています。なかでも横溝の『獄門島』が一番好きです。
――どんなところですか。
大きなトリック、面白いストーリー、そして金田一耕助がかっこいいところです。
――『13・67』は、1967年から2013年までの香港社会の歴史が背景にある作品ですね。
はい。反英暴動や1997年の香港返還といった香港人にとって重要なことが書かれています。そのため社会派推理小説の面もありますが、一つひとつの章は本格推理小説の手法で書かれ、それぞれトリックがあります。いろいろな角度から香港を描きたかったのです。
――島田さんから本格推理の定義について尋ねられましたが。
ヴァン・ダインの名前を知ってはいても読んだことはありません。ヴァン・ダインのルールを破るのは読者のためでもあります。ヴァン・ダインの20則と並ぶ推理小説の指針としてノックスの10戒があります。その第5項は、「中国人を登場させてはならない」というものです。それは、いまやほとんど意味をもたないのではないでしょうか。私はSFも書きますが、SFにはアシモフのロボット3原則があります。その3原則を壊してでも面白いものを書きたいのです。