インターネット証券大手のマネックスグループは2018年4月6日、仮想通貨交換業者のコインチェックを買収すると発表した。約580億円相当の仮想通貨「NEM(ネム)」を流出させ、金融庁から2度にわたる業務改善命令を受けた「問題児」をわざわざ買収する狙いは何なのか。買収劇からは、マネックスの松本大会長兼社長の「野望」が浮かび上がる。
「世界をリードする、新しい時代の総合金融機関を作っていきたい」。松本氏は東京都内で開いた買収発表会見で、コインチェック買収後のグループの姿をこう描いてみせた。
買収により「時間を買う」道を選んだ
マネックスは4月16日にコインチェックの発行済み株式のすべてを36億円で取得し、完全子会社化する。コインチェックの和田晃一良社長と大塚雄介取締役は退任し、執行役員に就く。新社長にはマネックスの勝屋敏彦常務が就任する予定だ。
松本氏は昨17年秋、グループの中核会社マネックス証券の社長に復帰。新たな収益の柱として、仮想通貨事業への参入に意欲を示していた。本業のネット証券は競争が激しく、手数料も薄利にならざるを得ない。一方、急激に投資家のすそ野が広がり、取引が過熱している仮想通貨なら、交換業者の手数料も割が良く、今後の伸びも期待できるからだ。
実際、コインチェックが4月6日に初めて公表した資料によると、同社の2017年3月期の売上高は前期比約9倍の772億円と好調だった。18年3月期の業績は公表しなかったが、仮想通貨ブームの到来でさらに急成長しているのは確実だ。松本氏は記者会見で、コインチェックについて「仮想通貨ビジネスにおける世界的な先駆者。持っているブランドや基盤は簡単にはつくれない」と高く評価。同社の知名度や顧客基盤を活用することで、後発として参入する仮想通貨業界での地位を一気に確立する考えを明らかにした。
マネックスには自前の仮想通貨交換業者を設立する道も、論理的にはあるが、やはり、買収により「時間を買う」道を選んだわけだ。また、実態として、当局の監視が厳しくなり、新規でゼロから参入するハードルが高くなっているという事情もある。
激動の金融戦国時代で下克上を
松本氏の狙いは、単なる手数料収入拡大だけではなさそうだ。松本氏は記者会見で、仮想通貨が「クレジットカードを超える新しい支払い手段になる」との認識を示したうえで、「仮想通貨交換業の本質は、ますます銀行に近いものになっていく」と語った。仮想通貨に使われる新技術「ブロックチェーン」の普及で近い将来、現金が消え、多くの支払いがデジタル化されるかもしれない。金融業界の主役が旧来型の銀行から、ブロックチェーンを駆使するIT業者らに取って代わる事態も想定される。
金融業界が大転換期を迎えようとする中、ブロックチェーンなどのノウハウを持つコインチェックを旧経営陣や技術者ごと取り込み、「新時代の総合金融機関」としてのし上がる――。松本氏の発言からは、激動の金融戦国時代で下克上を果たそうとする「野望」が透けて見える。
ただし、今回の買収はリスクとも隣り合わせだ。ネム流出問題でコインチェックの信頼は地に落ち、客離れも起きている。ネム流出の被害者による訴訟も抱えているほか、今後はセキュリティー対策の費用もかさむとみられ、今までの高収益体質が続くとは限らない。
市場は36億円での買収を「破格」と受け止め、マネックスグループの株価はひとまず急騰した。松本氏も買収について「何か特別なリスクが潜んでいるとは考えていない」と自信を示す。市場の期待に応え、総合金融機関への変貌を遂げられるのか。松本氏の手腕が問われる。