15分ほど車を走らせ、フロリダ州クリアーウォーターにある教会に着いた。ここは美しい白砂のビーチがあり、観光地としても知られる。
この連載の前回の記事「『国民すべてをキリスト教徒に』と願う声」で、トランプ支持者のジェリー(79)と夫のアル(80)は私がクリスチャンと知ると、驚くほど喜び、彼らの教会に私を誘った。2018年2月のことだ。
ロックコンサート会場のような礼拝堂
モダンな建物の中に入ると、巨大な映画館か、野球のスタジアムのようだ。広々としたロビーにレセプションがあり、カフェも設置されている。礼拝堂はまるでロックコンサートの会場だ。椅子も木のベンチと違って、座り心地がいい。中央に大きなテレビカメラが設置され、礼拝の様子はオンラインで見ることができる。
ステージでは色鮮やかな照明の下、ベースやドラム、キーボードなどのロックバンドが、素晴らしい音響でノリのよい演奏を繰り広げている。カジュアルな格好の男女5人が、マイクを手に、ギターを肩からかけて立ち、後ろにはコーラスの男女が並び、バンドの演奏に合わせて歌っている。
ニューヨーク市で保守派キリスト教徒の友人が、日曜日の朝には欠かさずテレビで礼拝の様子を見ているメガチャーチのひとつだった。メガチャーチとは礼拝に2千人以上が参列する巨大教会で、その大半が福音派だ。
このカルバリー・チャーチは1866年に設立された。元々は町の小さな教会だったが、今や信者6千人のメガチャーチへと成長した。米国のプロテスタント系キリスト教の最大教派であるバプティスト派の教会だ。聖書原典の内容を完全に正しいものと解釈する人も多く、保守・キリスト教右派的なキリスト教根本主義の傾向が強いとされる。
牧師も祈りもすべてがカジュアル
礼拝が始まると観衆が立ち上がり、バラード調の歌のオンパレードが始まった。リード・ボーカルの黒人男性の張りのある声やノリのよさは、もはやプロだ。歌いながら観衆を盛り上げ、「My God is awesome. He can move mountains.(私の神はすごい。山を動かすこともできる)」、「Christ is enough for me.(キリストのほかに何もいらない)」などと歌いながら、人々は手を天に向けて上げる。
会場には家族連れや若い人の姿も目立つ。伝統的な讃美歌は歌わない。祈りはマイク片手に、ピアノ演奏をBGMに捧げられる。
一連のライブのあと、ひとり橋の上を歩く男性の姿がビデオに映し出される。「幸せへと続くと信じていた道が、そうとは限らないのはなぜ?」と訴えかけたかと思うと、突然、カジュアルなシャツとズボン姿の男性が現れた。
主任牧師だった。普段、私が通っている教会の牧師と違って、黒いローブは身に着けていない。
「私たち人間は皆、不完全で盲目である。だから、人を導くことはできない。私たちが従うべきは聖職者ではなく、神のみ。教会に来て、洗礼を受け、十分な寄付をしても、人の作る法律に従って道徳的な生き方をしても、そうした『正しい』行いをしていない人を切り捨ておごり高ぶる人に、神の愛は得られない。『正しい行い』をしていなくても、神の前に謙虚にひれ伏し、罪を認める人に、神は手を差し伸べてくださる」
説教の内容は聖書に沿ったもので、ほかの教会とさほど変わりはない。が、「今日、教会をさぼってビーチに行った人は、オンラインでこれを見ているだろ。ほら、君のことだよ。僕には君が見えているよ」などと笑わせながらジェスチャーを交えて話し、聴衆を飽きさせない。
説教のあとはまたライブ・ミュージックで盛り上がる。最後も、かしこまった祝祷はなく、「さあ、外に出て、恵まれた一週間を」のひと言で、幕を閉じた。一貫して堅苦しさはまったくなく、明るくカジュアルな雰囲気だった。
「どうでした? 音楽が素晴らしいでしょう」とジェリーが笑顔で語りかけてきた。
「ここの信者の8割はトランプを支持」
確かに音楽も説教も素晴らしかった。上から目線ではなく私たちのひとりとして語りかける牧師にも、親しみを感じる。
こうしたメガチャーチでは、大きな会場でライブ・コンサートのノリで神を賛美するため、気分が高揚し、若い人や宗教に関心がない人たちにも受け入れられやすい。
「前はもっと伝統的な賛美歌を歌ったんですよ。本音を言うとその方がよかったわ。でもこういう音楽が若い人たちを惹きつけるなら、とてもいいことだわ。年老いても気持ちは若くなきゃ」とジェリーは楽しそうに笑う。
アメリカはこれまでもヨーロッパのキリスト教国と比べ、聖書を読み、教会に通う人の割合が高かった。が、近年、若者を中心に教会離れが進み、伝統的な町の小さな教会が伸び悩む一方で、メガチャーチは急成長している。
ジェリーの教会には付属の高校もある。伸び悩む小さな町の教会の活性化のために指導者を派遣し、北米の大都市や海外にも新たに教会を作るなど、この先10年間で「信仰を2倍に」と大きな目標を掲げている。
「ここの信者の8割はトランプを支持していると思うわ」とジェリーが言った。
前回の大統領選で、南部バプティストを中心とする福音派の8割がトランプ氏に投票したとされる数字と重なる。2017年1月の大統領就任礼拝行事では、さまざまな宗教の指導者が祈りを捧げたが、福音派が多数、参列した。
「トランプはヒラリーではないから」
トランプ氏はプロテスタントの信者だが、教会にはクリスマスに足を運ぶ程度で、「何のために神のゆるしを乞うのか」などと公然と口にしている。女性蔑視発言やポルノ女優と性的関係を持った疑いなど、保守派キリスト教徒が好むような「信心深くて道徳的な人間」とはいえそうもない。なのになぜ、大きな支持を得ているのか。
その答えの1つは、「トランプはヒラリーではないから」。彼らの多くはヒラリー・クリントン氏を嫌っている。ほかにも理由はあるが、ひとつには、ヒラリー氏は公然と人工妊娠中絶や同性愛者などLGBTの権利を擁護していることがある。この連載でも何度か触れたように、この2つは一般の保守派キリスト教徒にとって譲れない点だ。
以前、トランプ氏は穏健な共和党員で、中絶支持の発言をしていた。しかし、保守派の票を掴むために立場を変えたと、リベラル派から揶揄されている。選挙キャンペーン中は、聖句をよく引用した。「伝統的な価値」が失われる危機感を感じている保守派キリスト教徒は、ポリティカリー・コレクトでないトランプ氏ならある意味強引に、彼らにとっての「古きよき時代」を取り戻してくれるのではないか、と期待した。
テキサス州ダラスにあるバプティスト教会の牧師が、「福音派は十戒を信じている。ポルノ女優と不倫などすべきではない。だが、それとトランプ氏の政策や強いリーダーシップへの支持は、まったく別問題だ。トランプ氏は聖職者ではない」とFOXニュースに対して発言し、リベラル派から強い批判を浴びた。
この牧師は言う。「私たちは皆、罪びとで、神にゆるしを乞う必要がある。トランプ氏であろうと誰であろうと、イエスを信じる者にはゆるしを与えられる」
トランプ氏がゆるしを乞うかどうかは別として、ジェリーと私が聞いた牧師の説教にも、通じるものがある。
ニューヨークに戻る前日、ジェリーに別れの挨拶に行った。これが彼女の餞別の言葉だった。
「あなたの神に従って生きていくのよ。そうすれば、すべてうまくいきますから」
次回はメガチャーチとトランプ氏について、改めて触れたい。
(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。