「アメリカは建国当時のキリスト教国家に立ち戻らなければ。宗教があって、この国は生まれたのですから。公立校での祈りも禁止されて。国旗に対する忠誠も脅かされて。私たちからさまざまな権利が奪われていったの。宗教が置き去りにされた結果が、今のこの現実なんです」
キリスト教の宗教音楽が静かに流れる自宅のリビングルームで、ジェリー(79)はそう語った。2018年2月のフロリダでのことだ。
聖書に書かれていることが絶対
ジェリーはトランプ大統領を強く支持しており、この連載の前回の記事「キリスト教国家の大統領」で、「人工妊娠中絶や同性愛には反対。トランプ大統領は自分の価値観に近いんです」とも言っていた。
ジェリーは夫のアル(80)とふたりでオハイオ州に住み、寒さの厳しい冬の間だけフロリダ州ダニーデンで暮らしている。ウエストバージニア州出身で、幼い頃から南部バプティスト派の教会に通っていたという。米国のプロテスタント系キリスト教の最大教派だ。保守・キリスト教右派的なキリスト教根本主義の傾向が強く、聖書に書かれていることが絶対であるとする人も多い。アルも、3人の子供たちも皆、トランプ氏の支持者だという。
ジェリーと話していると、夫のアルが笑顔で裏口からリビングルームにやってきた。
「ハーイ、ミッツィ(私のアメリカのニックネーム)。君がいるとは知らなかったよ。サプライズだ」
アルもジェリーと同じように、話し方も表情もとても穏やかで優しい。
アルがオハイオ州出身というので、私が同州のオハイオ・ウェスリィアン大学に一年間、留学したことがあると話した。
「ああ、いい大学だね」とアルが言うと、ジェリーが不思議そうに私に聞いた。
「それって、キリスト教の大学、でしょう?」
「そう。私が日本で通っていたキリスト教系の大学の協定校です。で、私もクリスチャンなんです」
「君、クリスチャンなのか」
最近は忙しさにかまけて教会に行かないことも多く、胸を張ってクリスチャンとは言いにくいが、20数年前に洗礼を受けている。
ジェリーは「Are」にアクセントを置いて、疑問文のように語尾を上げずに、驚きと喜びを隠し切れない感じでゆっくりと言った。
「あなた、そうだったの(Are...you.)」
アルもほぼ同時に、「何だって。君、クリスチャンなのか。神よ、感謝します(Oh, you are a Christian! Thank you, Lord.)」と目を輝かせた。
「あなたのために、神を賛美しましょう、ハニー(Praise God for you, honey.)」とジェリーが喜びに満ちた声で私に言った。
長年、アメリカに住み、クリスチャンとわかってこれほど喜ばれたことがあったか、ちょっと思い出せなかった。
私は気になっていた質問をした。
「ジェリー、あなたはさっき、アメリカは建国当時のようなキリスト教国家に立ち戻らなければと言ったけれど。今のアメリカは建国当時とは違い、数多くのイスラム教徒やユダヤ教徒、仏教徒もいます。キリスト教国家に立ち戻るというのは、ほかの宗教を信じる人たちを拒絶していると考える人たちもいると思うのですが。あなたは現実とどう向き合っているのかしら」
「現実とどう向き合っているのか? キリスト教徒でない人たちに、私は審判を下せないわ。審判を下せるのは、神だけです。それは神に委ねます。ほかの宗教を信じる人たちが、何に対して祈っているのか。ほかの宗教のことはよく知らないので、うまく答えられないけれど。異教徒でもキリスト教に改宗した人たちはいるんです。じゃあ、ミッツィ、あなた自身はいったい、このことをどう思うの?」
「私自身はどう思うか、ですか」
私は洗礼を受けていながら、「人が天国に行く道はたったひとつ、それはイエスを信じること」という、クリスチャンにしてみればごく当たり前の「真理」に、今も戸惑いを覚えることがあると、正直に話した。
右派が望むのは「白人のキリスト教国家」か
そして、私はジェリーに質問した。「イエスを信じていないイスラム教徒や仏教徒は、天国には入れないのでしょうか」
「あなたの戸惑いはよくわかります。でも、神がこの世のすべてを作られたのです。イエスはその神の子。私たちの罪のために自分の命を捧げた人は、イエス以外にいないのです。そして私たちに預言したようにイエスは復活し、私たちに天国を約束してくれたのです。聖書は神の言葉なのです。イエスの弟子によって書かれたもの、いわば歴史書なのです。アメリカにも日本にも歴史があるように。イエスの歴史、神の救いの歴史です」
「つまり、アメリカ人が皆、キリスト教徒になり、キリスト教国家になることが、あなたの望むところなのですね」
「まさにそうです。イエスを信じる人だけに、天国が約束されているのですから」
「保守・キリスト教右派が望んでいるのは、アメリカが『白人のキリスト教国家』になることだとリベラル派によく批判されるけれど、あなたの考えではその半分は正しいということですね。黒人でもアジア人でも白人でもクリスチャンになり、アメリカをキリスト教国家にしたいということですね?」
「その通り。その通りよ。そうなったらなんて素晴らしいんでしょう。そしてきちんと合法にやってくる移民であれば、どんな人でもこの国に大歓迎します」
そして、ジェリーは満面の笑みをたたえながら言った。
「ああ、ミッツィ。あなたがクリスチャンの学校出身で、クリスチャンだったとは知らなかったわ。ニューヨークから来たというし、トランプが好きかどうかもわからなかった。あなたに会えて、なんて嬉しいんでしょう」
私は自分がトランプ氏を支持するともしないとも、ひと言も言っていない。ジェリーも尋ねはしなかったが、私がキリスト教系の学校で学び、クリスチャンであることが、ふたりにとって大きな意味を持つとひしひしと感じた。
「ねえ、ミッツィ、もしあなたさえよかったら、一緒に私たちの教会に行きませんか」
こうして次の日曜日、私はふたりが通う教会へ一緒に行くことになった。
そして、ジェリーに、「あなた、復活祭の日はアメリカにいるかしら」と聞かれ、「その時は日本です」と答えると、とても残念そうだった。
十字架にかけられて死んだイエスの復活を記念する日は毎年変わるが、2018年はこの記事が掲載された今日(4月1日)にあたる。
(以下、次回に続く。敬称略。随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。