リビングルームには、キリスト教系のラジオ局だろうか、宗教音楽が静かに流れていた。
この連載の前回の記事「『もう顔も見たくない』コミュニティの亀裂」で、ジェリー(79)は自分の家に私を招き入れると、トランプ大統領を支持する理由をいくつかあげたあとで、自分の宗教について話し始めた。
ジェリーは夫のアルとふたりでオハイオ州に住み、冬の4、5か月間だけ、厳しい寒さを避けてフロリダ州ダニーデンで暮らしている。私は2018年の2月、トランプ氏を毛嫌いするアメリカ人の友人を訪ねてダニーデンに行き、彼女の隣人であるジェリーと知り合った。
「オバマの頭にあるのは、イスラム教よ」
ジェリーは初めて私に会った時、私がこの連載「岡田光世『トランプのアメリカ』で暮らす人たち」を書いていると知ると、友人の前で声をひそめて、「あなた、私の意見はたぶん聞きたくないでしょうね。トランプは素晴らしい大統領だわ」と笑った。
ジェリーは話し方も表情も、とても穏やかで優しい。ウエストバージニア州出身で、幼い頃から南部バプティスト派の教会に通っていたという。米国のプロテスタント系キリスト教の最大教派だ。保守・キリスト教右派的なキリスト教根本主義の傾向が強く、聖書に書かれていることが絶対であるとする人も多い。
「私は神を信じています。そして神の御言葉である聖書に従って、生きているの。トランプが大統領になったのは、神の御心だと思っています。トランプはキリスト教の信仰を重視して、ホワイトハウスでもそれを尊重しようとするけれど、オバマはそうではなかった。オバマの頭にあるのは、キリスト教ではなくてイスラム教よ」と話し、毎年2月の第1木曜日に首都ワシントンで開かれる全米朝食祈祷会(National Prayer Breakfast)に触れた。
オバマ前大統領はこの祈祷会で十字軍による異教徒弾圧などをあげ、「人類は過去の歴史のなかで、神の名のもとに非道な行為を繰り広げてきた」と述べた。イエス・キリストの復活を祝うイースターの祈祷会でも「キリスト教徒の不寛容性」に触れ、何度か保守派の怒りを買ったことがある。オバマ氏の父親はイスラム教徒だが、自身はキリスト教徒であり、自戒の念が込められていたとも受け取れる。