岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち 「もう顔も見たくない」コミュニティの亀裂

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「じゃあ、オバマが何をしたか教えてくれよ」

   そこへ私の友人がやってきてジョージの前にすわり込み、穏やかに声をかけた。「私も聞きたいわ。トランプが私たちのために何をしてくれたか、教えてちょうだい」。

「じゃあ、オバマが何をしたか教えてくれよ」
「まず、私の質問に答えてよ」
「オバマがしたことをリストアップしてくれ。何もない。何もしなかったんだよ。アメリカの大統領でいることに、鼻高々だっただけさ。エゴの塊だ」

「まったくその通り」。ジョージのガールフレンドが再び、合の手を入れる。

「エゴの塊は、トランプの方でしょう」
「ま、政治家は皆、エゴの塊だ。オバマが何をしたか、教えてくれよ」
「い、今すぐには思いつかないけれど、家に帰ればちゃんとリストがあるわ」

   友人も感情を抑えようとしているが、イライラしている様子が伝わってくる。

   「ジョン・F・ケネディもアイゼンハワーも、業績を挙げることができる。でもオバマは何もない」とジョージは声を荒げた。

   興奮している彼は、友人や私の顔につばを飛ばしながら話し続ける。

   「あなたは話を変えて、私の質問に答えてないじゃない」と友人。

   ジョージが雰囲気を和らげようと、友人の両手を包むように軽く両手で触れると、友人が「お願い、触らないでちょうだい」と丁寧に拒絶した。

   「わ、悪かったよ」と彼が謝った。

「トランプは税金を下げて、アメリカ人のために仕事を作ってるじゃないか。それに......」
「どれだけの仕事を作ってるの? あなたの情報源は何? FOX以外のニュースも見ているの?」

   彼の話を友人がさえぎろうとしたので、「ジョージにも話させてあげて」と私が何度か口をはさんだ。

「ロシア疑惑は何だ? 一年たって何が明るみに出たって? 何もない。もともと、疑惑なんて何もないんだから」

   「もう帰るわ」と突然、友人が立ち上がった。「遅くなったし」と付け加えたが、かなり気分を害していることは、はた目にもわかる。

   30分ほどして友人の家に戻ると、彼女は怒り心頭に達していた。

「最初、別の話をしていた時は、ふたりともいい人だと思ったのに。とくにあの男。もう二度と顔も見たくないわ。典型的なレッドネックよ」

   レッドネックとは、無学で偏見に満ちた田舎の貧困白人層のことだ。野外労働すると南部の強い日差しで首が日焼けして赤くなることから、そう呼ばれる。

   「その言葉は、蔑称でしょう」と私が言うと、「そうよ。そうだけど、あの男はそれ以外の何者でもないわ」と友人。

   トランプ支持派と反トランプ派が顔を突き合わせて、冷静にお互いの考えに耳を傾け合う夢は、すっかり遠のいてしまった。


(敬称略。随時掲載)


++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。


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