前回の記事「銃規制支持は『社会主義者』という感覚」で、銃規制について話してくれたフロリダ州ダニーデン在住のクリス(70代)は、友人夫婦の知り合いだった。
友人宅に初めて顔を見せにやってきた彼と、4人でしばらくたわいもない話をしたあとで、「聞きたいことがあるのですが」と私が言うと、私の耳元に口を近づけて、友人夫婦には聞こえないように、「I love Trump.(私はトランプが大好きなんだよ)」と唐突にささやいた。
「ここでは話したくないんですね?」
「トランプ」と私はひと言も言わなかったのに、彼がそう答えたのは、この「岡田光世 『トランプのアメリカ』で暮らす人たち」という連載記事を私が書いていることを、友人が前もってクリスに伝えてあったからだろう。
友人はトランプ大統領に対して強い反感を抱いている。
「いつでもうちに来てくれ。そうしたら何でも話そう」
「ここでは話したくないんですね?」と小声で尋ねると、黙って深くうなずいた。
友人夫婦とクリスが住むコミュニティには、スノーバード(snowbird)と呼ばれる避寒者が多い。米北部やカナダなどの厳しい寒さを避けて、冬の4、 5か月間を温暖なフロリダで暮らす。彼らの多くはトランプ氏に批判的なため、クリスは堂々と応援できる雰囲気ではなく、「人間関係がぎこちなくなった」とのちに自分から話してくれた。
数日後、私がクリスの家を訪ねると、リビングルームのソファで寝たふりをして私を笑わせた。彼は体の痛みをこらえながら立ち上がると、大きなグラスにチェリー味のペプシと氷を入れてくれた。そしてダイニングテーブルにすわるやいなや、それまで溜めていたものを吐き出すように、一気に話し始めた。
「オバマが軍事費を大幅に削減したから、この国の軍備はお粗末なものになってしまった。圧倒的な強さがあれば、中国や北朝鮮に脅かされることはない。気の毒に日本は北朝鮮の脅威に怯えているだろう。北朝鮮とうまく折り合いがつかなければ、軍事行動しかない。そうなれば、トランプは世界中から批判されるはずだ。でも、ほかに何の選択肢があるというんだ? 北朝鮮を攻撃できる国は、アメリカしかない。
世界には、人権や言論の自由を尊重する強い国が必要だ。アメリカは「与える」国だ(America is a giving country.)。地震などの災害があれば、いち早く駆けつける。銃乱射など、ひどい面もある。それはひとまず、忘れてほしいんだが、素晴らしい面がたくさんある。個人的に寄付などの援助をしている人も多い。我々は強い国でなければならない。そうすれば、ほかの国々もよくなるんだ」
そう言って、クリスは大きく深呼吸した。
「国民1人1人」か、「マイノリティ」か
「民主党支持者は国民1人1人より、マイノリティの利益ばかり叫んでいる。メキシコや南アメリカやニカラグアから次々に国境を越えてやってきて、我々の学校や病院、福祉の世話になっている。そんな人たちを援助し続けることは、できないんだ。そのために娘の税金が使われるのかい? その前に救わなきゃならないアメリカ人がたくさんいる。この国に貢献できる移民なら、歓迎するよ。医者でも庭師でも、生物学者でもアーティストでも、ね。世界中の人に国境を開放することなどできないんだ。メキシコ国境から流れてくる麻薬も、大きな問題だ。麻薬に関するアメリカの法律は甘い。不法移民や麻薬を阻止するために壁が必要なら、作ろうじゃないか」
クリスは立ち上がるとパソコンに向かい、社会福祉の統計を指さした。
「見てごらん。6千8百万人ものアメリカ人が、政府から何らかの形で公的援助を受けている。白人は16.8%。黒人39.6% 、ヒスパニック系21.2%、アジア系と太平洋諸島が18%だ。そのうちの4千1百万人がフードスタンプ(food stamp=食料配給券)をもらっている」
アメリカ人の5人に1人が公的援助を受けていることになるが、これは米国勢調査局(United States Census Bureau)の発表でも同じだ。同局の2016年のデータによれば、アメリカ全体の人口は白人77%、黒人13.3%、ヒスパニック系17.8%、アジア系、ネイティブハワイアンとその他の太平洋諸島が5.9%だ。公的援助を受ける割合は、白人が圧倒的に少ない計算になる。
クリスは、さっき私が訪ねてきた時に寝たふりをしていたソファを指さした。
「あそこにすわって、大統領選(2016年11月8日)の結果をテレビで見ていた。ヒラリー、トランプ、ヒラリー、トランプと接戦になった。私は床にひざまずいて祈ったんだよ。わかるかい? ひざまずいて祈ったんだ。『どうか、親愛なる神よ。トランプを我々の大統領にしてください。今祈っている多くの人たちとともに、私も祈りを捧げます』とね。そうしたらなんと。たまげたことが起きた。誰が信じたというんだ。トランプが勝ったじゃないか。ビジネスマンのトランプがほしかったんだ。ロビイストから金をもらっている政治家たちは、もううんざりだ。
トランプは我が道を進める。私も彼の意見すべてに賛成するわけじゃない。でも、大きな第一歩だ。トランプの過去なんか、どうだっていい。何人の女と寝たかも、問題じゃない。クリントンだってホワイトハウスで何をした? ケネディだって似たようなもんだ。心配なのは、孫たちのことなんだ。あの子たちがこの先、どんな社会で暮らすことになるのか。大事なのは結果だ」
元々は民主党支持者だった
クリスは「あと数分で今度は君がしゃべる番だから」と断りながらも、よどむことなく熱く語り続けたので、私はなるべく口を挟まずに耳を傾けた。
「トランプの政策には、おおむね賛成する。大型減税も、だ。法人税率を引き下げれば、雇用が促進されて経済成長が加速する。日本のテレビや車も、もっと買うことができるようになるよ。そうなれば、税収も増加する。これまで法人税が高すぎて海外へ出ていってしまった大企業も、アメリカに戻ってくるんだ。アメリカは輸出より輸入の方がずっと多い。バランスが必要だ。だから国内で車などを作り、輸出もしなければならない」
減税すれば、「財政赤字と連邦債務が拡大する」と民主党支持者は危機感を抱くが、クリスは否定する。
「アメリカに企業が戻って国内で生産されるようになったら、人件費が上がり、モノの値段も上がるのでは?」
「いや、税金が減るから大丈夫だ。実際、減税で浮いた金で、従業員にボーナスを払うといろいろな企業が名乗り出た。雇用が促進されれば、公的援助に頼る人も減る。オバマ政権では福祉などの財政支出が増大し、債務が膨れ上がってしまった。政府は小さくあるべきだよ」
クリスは元々、民主党支持者だったという。
「両親もそうだった。でもNBCやCNNだけでなく、FOXでもニュースを見るようになったら、考えが変わった。そこにはまったく別のアメリカがあった。この国は変革が必要だと感じたんだ。私はNAFTA(北米自由貿易協定=1994年発効)には反対だった。その頃、スポーツ用品メーカーで働いていたんだが、カリフォルニア州の5つの工場が閉鎖し、メキシコに移った。仲間たちが皆、職を失うのを、この目で見たんだよ。今回の大型減税は中小企業も対象になるから、恩恵を受けるアメリカ人は多い」
FOXとCNNの落差
そして、トランプ大統領の一般教書演説(State of the Union Address、2018年1月30日)に話が飛び、クリスは初めて声を荒げた。
「トランプが、減税で中小企業を助けたいなどと話すと、共和党議員らは立ち上がり拍手した。それなのに、民主党議員のやつらはただすわっていたんだ。アメリカを助けようとしているのに、それがトランプの口から出たというだけで、なんだ、あの態度は。党派なんて関係ないだろ。この国を一緒に心配しようじゃないか。馬鹿げていて話にならない」
クリスは訴えるように何度も、「私の言いたいことが、わかってもらえたかな」、「本当に理解してほしいと思うんだ」と繰り返した。時々、手元のメモや資料に目をやり、「君に偏った記事を書いてほしくない。だからこうして用意しておいた」と言った。
オバマ氏が大統領だった時も、彼の一般教書演説で共和党員らは立ち上がらず拍手もしなかったのではないか。全米ライフル協会から、トランプ氏も政治献金を受け取ったのではないのか。言いたいことは私にもあったが、それはあとで彼に伝えた。時々、苦しそうに深呼吸し、体の痛みに耐えながらも、このコミュニティで堂々と自分の意見を言えずにいたクリスが、水を得た魚のように熱く語るのを、遮りたくなかった。
別れ際に「名字と正確な年齢を掲載してもいいか」と尋ねると、彼は首を横に振った。
「それは書かないでほしい。ヘイトメールが送られてきたら、嫌だからね」
世界中のどこでも誰でも読めるオンライン・ニュースに掲載されるという不安もあるのだろう。
「FOXを見なさい」と繰り返す彼に、「FOXも見ていますよ」と答えた。
確かにFOXとCNNでは、同じ国の同じ出来事を扱っているのかと思うほど、視点が180度、異なっている。
「これが私の思うところだ。別の意見は、ニューヨークの民主党支持者にでも聞いてくれ」
別れ際、クリスは手元の資料を二つ折りにした。先ほどの社会福祉の統計のほかに、「オバマが大統領として行ったワースト10」、「アメリカで最も犯罪率が高いのは、民主党支持の都市」などがあった。
「彼女に見られないように、こうしておこう」
トランプ嫌いの私の友人の名前を口にして、クリスはそう言うと、資料を封筒に入れ、しっかりと封をした。
(敬称略。随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。