武田鉄矢さんも「泣いた」
石牟礼さんの地域に根を下ろした真摯な活動ぶりは、日本の文学者として類例がないこともあって、多くの人から注目され、共感を広げた。
作家の池澤夏樹さんは、自ら編集した世界文学全集で、日本文学の長編として唯一、『苦海浄土』3部作を選んだ。歴史家の色川大吉さんは『苦海浄土』に心を打たれ、76年から5年間、学術調査団を組んで現地を訪れ『水俣の啓示』としてまとめた。社会学者の大澤真幸さんは朝日新聞読書面の「戦後70年――苦闘する思想」特集で、「吉本(隆明)や鶴見(俊輔)は知識人として、大衆や人民を外から対象化したが、民衆の内側から思想を紡ぎ出したのが、石牟礼道子である」と述べ、「戦後思想」を代表する3冊のうちの1冊に『苦海浄土』を推した。やはり社会学者の見田宗介さんも『苦海浄土』を「公害文学を超え、近代社会の根本を問うているスケールの作品」と絶賛した。
良書を出版することで知られる藤原書店は、石牟礼さんの仕事の総まとめになる『石牟礼道子全集・不知火17巻』(推薦者:五木寛之、大岡信、河合隼雄、白川静、瀬戸内寂聴、多田富雄、鶴見和子さんら)を刊行。同社はさらに石牟礼さんを主人公としたドキュメンタリー映画『花の億土へ』も制作した。染色家の志村ふくみさんも石牟礼さんと交流し、全集の表紙を手掛けたほか、対談と往復書簡の共著『遺言』を出した。武田鉄矢さんは『苦海浄土』を読んで泣いた、と明かし、一部を抜粋してライブなどで歌っている。
編集者として長く石牟礼さんを支えた渡辺京二さんは、79年『北一輝』で毎日出版文化賞、99年『逝きし世の面影』で和辻哲郎文化賞、2011年『黒船前夜』で大佛次郎賞を受賞するなど自身も思想史家・評論家として活躍してきた。石牟礼さんについて、「当初は社会派、記録文学作家といったふうに見られていたが、その後続々と発表された作品によって、彼女が日本古典文学の伝統に立ちながら近代文学の世界を拡張し、世界的レベルで文学の新たな可能性を示す醇乎たる文学者であることが、次第に認められるようになった」(「熊本県文化功労者の紹介文」)と解説している。
患者の無念の思いをつづる語り部として脚光を浴びた石牟礼さんだが、晩年の作品『花の億土へ』のなかでは、さらに踏み込む。「私が考えているのは、人間だけの歴史ではないんです」「あらゆる生きものたちが、草木も、獣たちも、虫たちも含めて、呼吸しあっている・・・」と、万物の「いのち」をいつくしむ思いを語っていた。