宮沢賢治の父、政次郎を主人公にした『銀河鉄道の父』(講談社)で、第158回直木賞を受賞した門井慶喜さん(46)。私大職員などをしながら小説を書き、のち作家として独立した。15年の『東京帝大叡古教授』、16年の『家康、江戸を建てる』も直木賞候補になっている。今回三度目の正直での受賞だ。作品にかけた思いなどを尋ねた。
――宮沢賢治の父親を主人公に描くという着想はどのように生まれたのでしょう。
子供のために買った伝記マンガに宮沢賢治のものがあり、父親の政次郎が少しだけ出ていました。あまりいい印象はありませんでしたが、責任感の強い、立派な人だと思い、調べてみました。明治の父でしたが、いろいろなことが分かりました。古い父親であると同時に新しい父親でもありました。教育に熱心な先進的な父親でもあったのです。
――妹のトシも従来のイメージとはかなり違う形で描かれていますが。
これまでのイメージとは違うでしょうね。歴史小説を書いてきたので、色メガネで人を見ないで、資料を読み込んで書くことが出来たと思います。賢治の作品によると、はかない人だという印象があったと思いますが、独立心の旺盛な魅力ある女性だと思います。
――賢治についても、「まじめな天才」というこれまでのイメージとは違う人物像が提示されています。「親がかりの生活破たん者でオタク」という感じですが。
先入観なしに書きました。宮沢賢治は神格化され、「雨ニモ負ケズ」みたいな道徳的バケモノのように理解されてきましたが、それは違うと思います。社会的能力の乏しい、普通の人という側面もありました。家族にとってはある意味、やっかいな存在でもありました。
――門井さんは、『東京帝大教授叡古教授』、『家康、江戸を建てる』に続き、三回目のノミネートで直木賞を受賞した。作家としてどのような展開を考えてきたのですか。
ミステリーから歴史小説という形で進んできたと思います。その過渡期に「歴史ミステリー」というジャンルの作品もあったのかな。人間たちの行動を描く大きなスケールの作品が『家康、江戸を建てる』だったとすれば、スケールは小さくても人間の真理を描くという作品が『銀河鉄道の父』の系譜だと思います。この二つの流れで小説を書いていきたいと思います。
――今後はどのような作品を。
連載を二つ持っています。一つは「空を拓く」というタイトルで、初代東京駅の設計者として知られる明治の建築家、辰野金吾の一代記です。もう一つは「地中の星」というタイトルで地下鉄銀座線をつくった人々のプロジェクトを書いています。
歴史には二つのアプローチがあると思います。一つは文字、もう一つはモノです。だから建築とか文化財には興味があり、三人いる息子たちと一緒にあちこちを訪ねたり、写真を撮ったりしています。
――栃木県で育った門井さんだが、大学進学を機に京都に出て、関西の空気を吸ったことが今の創作活動の原点になったようですね。卒業後、関東で働いたが、また関西に戻り、いま大阪府寝屋川市に住む。関東と関西はどう違うのでしょうか。
中世以前の歴史があるのが関西です。というか歴史のすべてがあるのが関西です。京都が好きで、一時期、京都市内に仕事場を持ったこともあります。
――でも、前回の直木賞候補作は『家康、江戸を建てる』で舞台は関東。今回受賞された『銀河鉄道の父』は、東北・岩手が舞台です。どんどん北上されていますね。
あ、そう言えばそうですね(笑)。連載中のものも関東が舞台ですね。関西に住んでから、東京が好きになりました(笑)。でも関西が好きです。
門井慶喜(かどい・よしのぶ)プロフィール
1971年群馬県桐生市生まれ。栃木県宇都宮市で育ち、同志社大学文学部卒。2018年『銀河鉄道の父』で第158回直木賞を受賞。大阪府寝屋川市在住。
(インタビューを終えて)
宮沢賢治は父親の政次郎に愛されて、当時としては珍しく旧制中学、さらに上級の盛岡高等農林に進学し、長じても経済的な援助を受けた。現代の眼から見ても相当「甘ちゃん」な側面もあったようだ。しかし、妹トシの闘病と死を契機に、爆発的に創作に打ち込むようになった。受賞作はこれまでの「賢治神話」に修正を加え、まったく思いもよらない人間像を造形した内容になっている。
門井さんは本名が「慶喜」。徳川最後の将軍と同じ名前である。いつか幕末の歴史小説を手掛けるに違いない。歴史小説に新しい視点を導入し、このところ本を出すたびに直木賞候補となり、ついに受賞。いま最も旬の作家だ。作家の万城目学氏との対談集『ぼくらの近代建築デラックス』(文藝春秋)を出すなど、建築への造詣も並々ならないものがある。「率直に資料を読み込む」という真摯な姿勢から、今後どのような世界が生まれるのか、期待はふくらむ。(BOOKウオッチ編集部)