2018年1月13日夜、首都ワシントンのトランプ・インターナショナル・ホテルの正面に、大きな青い文字が現れた。
NOT A DC RESIDENT? NEED A PLACE TO STAY? TRY OUR SHITHOLE THIS PLACE IS A SHITHOLE
ワシントンの住民ではない? 宿が必要ですか 我らが糞の穴をお試しください この場所が糞の穴です
そして、ウンコの形をしたいくつもの笑顔の絵文字が浮かび上がる。
トランプ大統領の発言「shithole」に対する、アメリカ人ビデオジャーナリストの抗議のプロジェクションマッピングだ。
「ほかにもっと大事なニュースはないのか」
11日、トランプ大統領が移民問題に関する協議で、ハイチやアフリカ諸国について、「糞の穴のような国から来る人たちを、なんで受け入れているのか(Why are we having all these people from shithole countries come here?)」と発言し、ノルウェーなどの国からもっと受け入れるべきだと提案したと報じられ、物議を醸している。
トランプ氏は12日、ツイッターで、「私が使ったのは厳しい言葉だったが、その言葉ではない」、「軽蔑するような発言はしていない」と否定し、犯罪やドラッグなど問題の多い国から多くの移民を受け入れるような制度を見直すべきだと釈明した。
「shithole」は極めて汚い卑語とされていて、新聞や雑誌では「s-hole」などと表記し、テレビでは「s(エス)ホール」と発音している場合も多い。
ツイッターでは「糞の穴」と言われた国の出身者たちが、「私はジャーナリストのたまごです」、「医学生です」などと自分の写真付きで声をあげ始めた。
ニューヨークに住む知り合いのエバリン(80代)はトランプ支持者で、こうした動きに怒りを露わにする。エバリンは偶然にも、ノルウェー系アメリカ人だ。
「民主党の一議員が言い出したことをリベラルのメディアが鵜呑みにして、煽り立てているだけ。リベラル派はそれをそのまま信じ切っている。トランプはそんな発言をしていない。リベラルこそ、この国の悪(evil)だわ。仮にもし本当だったとしても、公の発言でもないのに騒ぎ立てて、問題を大きくしている。あなたが家で家族と口論している時に発する罵声を、暴露されたらどう思うの?」
同じくトランプ支持者のマックス(61)は、「たった一度、トランプが口にしたのかもしれない言葉を、リベラルなメディアが繰り返し報じる方が、よっぽど教育上、よくないだろ。ほかにもっと大事なニュースはないのか」とあきれた様子だ。
FOXニュースのコメンテーターは...
エバリンをはじめ多くのトランプ支持者は、FOXニュースから情報を得ている。同ネットワークのコメンテーター、ジェシー・ワッターズ氏は、今回のトランプ氏の発言についてこう話している。
「忘れられ見放されたアメリカ人男女は、そんなふうにバーで話しているんですよ。トランプはそういう人たちに共感できるんです。ウィスコンシン州にハイチやエルサルバドルから移民がたくさんやってきたら、バーでそんなふうに話す人たちはいますよ」
米中西部にあるウィスコンシン州は、白人の比率が86%と高い州だ。ここで留学経験のある私は、このコメントを完全に否定できないが、本音をしゃべらせたら、リベラル派が多数を占めるニューヨークやサンフランシスコでも、似たような発言をする人はいるだろう。だが、トランプ氏は単なる一市民ではなく、アメリカの大統領だ。
同じくFOXニュースのコメンテーター、タッカー・カールソン氏も、トランプ氏を擁護する。
「トランプの発言は、アメリカ人の誰もが思っていることです。かなりの数の移民が、危険で、汚く、腐敗し、そして貧しい国からやってくる。それがまさにアメリカにやってくる主な理由です。同じ立場だったら、あなたもそうするでしょう」
しかし、そういう言葉を自分の国の大統領が口にしたことに、反トランプ派は強い反発や嫌悪感を覚えている。
ニューヨーク市マンハッタンのタイムズスクエアで行われた抗議集会に参加したアフリカ系アメリカ人のロバート(43)は、「トランプ支持者は、ただ手をこまねいて見ているだけだ。なぜ、人種差別発言だと批判し、立ち上がろうとしないのか。同じアメリカ人として情けない」と訴える。
一方、トランプ氏を支持するマイケル(26)は、「トランプは人種差別主義者ではない。アフリカ系も含めてアメリカ人の利益を優先するために、移民を規制しようとしているだけだ」と弁護する。「だいたい、リベラル派は偽善的だ。大統領選でトランプが勝ったら、リベラル派はカナダやスペインに移住すると言っていただろ。アフリカやハイチに移住したらどうだい?」
トランプ氏が大統領に就任してちょうど一年が過ぎた。
「この一年間で、アメリカこそ、SHITHOLEになってしまった」と嘆く反トランプ派。
トランプ氏に投票したことを後悔する声も聞かれるが、今も変わらず自分たちが投じた一票に希望を託し、大統領を信じ、支持し続ける人たちがいる。(敬称略。随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。