トランプ米大統領が最重要政策に掲げていた税制改革がようやく実現した。暮れも押し詰まった2017年12月22日に大統領が法案に署名し、正式に成立したのだ。本格的な税制改革としては、レーガン減税以来、実に約30年ぶり。減税規模は10年間で1.5兆ドル(約170兆円)に達し、法人税率を2018年から、現行の35%を21%に引き下げる。
トランプ大統領は署名を終え、「ビジネスや国民、特に中間層や労働者にとって、とてつもないものだ」と自画自賛した。オバマケア廃止など他の重要公約は、ことごとく実現の見通しが立たない中、初めての重要政策での成果になる。
AT&Tやボーイングが追加投資・賃上げを発表
今回の改革の最大の目玉が、連邦法人税率を21%に引き下げること。加えて、米企業が税率も低い国などにためこんだ2兆ドル超とされる利益を、米国に還流させる場合の税率を、1回限りで8~15.5%の低税率に軽減、海外子会社からの配当の課税はやめることも盛り込んだ。
米国は8年を超える息長い景気拡大が続いていて、米企業は増益を続けている。これにさらに追い風となるもので、企業の税負担を軽くすることで産業の国内回帰を促し、さらなる雇用確保や賃金上昇につなげるのが狙いだ。
他方、個人にも1兆ドルを超す減税が盛り込まれている。所得税の最高税率を39.6%から37%引き下げ、日本の基礎控除にあたる概算控除倍増、子どもを持つ世帯の控除も拡大。自営業者らにも税額控除を設ける。個人全体の減税規模は10年間で1兆1266億ドル。
トランプ減税は効果がどの程度あるのだろうか。英フィナンシャル・タイムズ紙は、米アップルの税金が最大470億ドル(約5.3兆円)減るとの試算を示している。通信大手AT&Tは早速、米国内での2018年の投資を10億ドル(約1130億円)増やすほか、20万人以上いる従業員に1000ドルの特別ボーナスを出すと発表。ボーイングや金融大手ウェルズ・ファーゴなども追加投資や賃上げを相次いで公表している。米国に進出している日系企業も恩恵を享受することになる。
米財務省は減税で税収が増える「上げ潮派」の立場
株式市場も基本的に好感して、上値を追い続けており、米市場関係者からは「株式相場は減税効果を織り込み切れておらず、上値余地はまだある」との声も出ている。
米財務省は減税による経済成長率が2.9%に高まると試算。税収が10年で1.8兆ドル増えるとも分析しており、1.5兆ドルの減税の「元は取れる」との立場だ。日本では「上げ潮派」と呼ばれる、減税で税収が増えるという考え方だ。
だが、期待通りの効果を生み出すかは予断を許さない。米国の景気拡大は8年を超えたものの、成長率は2%前後と力強さを欠いている。トランプ公約である「成長率3%超」のための減税という位置づけだが、低失業率の中で賃金水準が世界でも相対的に高い米国で、企業、とりわけ製造業の米国内投資が、今回の減税で活発化する保証はない。市場では「減税による果実をM&Aに振り向ければ御の字で、自社株買い・消却など株主還元に充てられる部分が多いのでは」との見方が強いようだ。むろん、株主還元自体は株式市場の期待を高めるので、株価は押し上げても、賃上げや雇用拡大がどこまで広がるか、過大な期待は持てそうもない。
個人減税についても、税率引き下げや税控除拡大などの根幹部分は2025年までの時限措置で、恒久減税の法人税とは差がある。超党派の調査機関の試算では、2018年では95%の家計が減税になるとしているが、所得上位2割の平均減税額7640ドルに対し、下位20%では平均60ドルと、富裕層ほど恩恵が大きいとの計算になった。このため、苦境にある中間層の不満解消につながるかは疑問で、野党民主党は金持ち優遇との批判を強めており、トランプ減税への反対が多数という世論調査結果も報じられている。
「法人税引き下げ競争」で財政赤字拡大?
財政赤字の行方も気がかりだ。議会の独立調査機関は、トランプ減税の経済成長率の押し上げ効果は10年間で0.8%増(年平均0.08%前後)にとどまると試算している。そうなると、税収増効果は限られ、差し引き、10年間で1兆ドル規模の赤字拡大になる。そうなれば、赤字削減のため、共和党が議会の主導権を握っている現状では社会保障費の削減に向かう可能性もあり、民主党からは格差拡大への批判がさらに強まりそうだ。
もう一つの懸念が、各国の「法人税引き下げ競争」に拍車をかける可能性があることだ。米国は主要国で最も高い税率を35%から一気に21%に下げるので、国と地方を合わせた実効税率も約41%から約28%へと大きく下がり、29%台の日本より低くなる。欧州の主要国も段階的に減税していて、英国は19%、ドイツは29%。フランスも25%まで下げる方針、といった具合だ。
企業にとっては歓迎すべきことだが、行き過ぎた競争は歪みを生む。心配なのが財政赤字の拡大だが、所得税や消費税の増税で賄おうとすれば、家計にしわ寄せが及ぶ。日本でも「法人税減税のため」と銘打ってはいないが、消費税が徐々に上がり、欧州でも付加価値税が引き上げられてきた。
税率が極端に低いタックスヘイブン(租税回避地)などを舞台にした課税逃れ対策など、税制は「国際競争」一辺倒でなく「国際協調」も必要な分野だが、トランプ政権が税制でも「米国第一」に大きく踏み出した結果、ここでも協調の行方が一段と混とんとしてきたのは間違いない。