新バージョンの「iPhone」を買い求める行列にほぼ毎回、しかも3日前から並ぶ男がいる――「ビックウェーブさん」こと、タレントのBUTCH(ブッチ)さん(35)だ。
初代(3G、08年)からX(17年)までの9年間、販売待機列の先頭集団を形成。iPhoneマニアから一目置かれる人物である。
いったいなぜ日本ではiPhoneが人気なのか。そして行列に執着を燃やすのか。BUTCHさんに話を聞いた。
きっかけは「先輩の代わり」
「iPhoneにめちゃくちゃ愛着があるわけじゃないんですよね。ぶっちゃけ使い方も詳しくないですし」
豪快に笑ってこう話すBUTCHさん。列に並ぶ一番の目的はiPhoneの購入ではない。日本初上陸となったiPhone 3Gを手に入れた時も「感動は全くなかった」。
「そもそも並び始めたきっかけは、仕事の先輩に依頼されたからなんです。3日で1万円のアルバイトで。購入直前に先輩と入れ替わるつもりだったんですけど、マスコミの取材に『先輩の代わりに並んでいる』って話したんですね。そしたらネットで『(代行なんて)ロックじゃねえ』と叩かれて。それでムムムとなって買いたくもないのに自分の分も買っちゃいました」
だが、取材で発した一言がBUTCHさんの転機となる。記者から購入の理由を聞かれ、とっさに「乗るしかない、このビッグウェーブに」と回答。すると、このセリフがBUTCHさんの奇抜なモヒカンヘアとあいまって、ネット上でじわじわと話題に。「ビックウェーブさん」の愛称で親しまれるようになった。
ネット上の好意的な反応もあり、その後もiphoneの行列に並ぶようになったBUTCHさん。並ぶ回数が増えるにつれ、行列の意外な魅力に気づいていく――。
行列にはご近所文化が今も残る
「昔はよく家のお隣さんに醤油をもらったり、塩をわけてもらったりしたじゃないですか。その名残が行列にはあるんですよ。栃木出身で田舎モノからしたら東京は冷たい街かなと思ってたけど、ここにはご近所づきあいの文化がまだ残ってて、人のあったかさをしみじみと感じられる」
夏場は日差しが容赦なく照りつけ、冬場は体にこたえる寒さが襲う。過酷な環境下で数日間も列に並んでいると、おのずと列のメンバーに「仲間意識」が生まれてくる。
飲食物やエチケット用品などを融通したり、見ず知らずの人たちと他愛ない話で盛りあがったり......。と、自然と交流が生まれるのだ。
「9年も並んでると、数えきれないくらいの人たちと出会いましたよ。そういえばこんな人間ドラマもありました。iPhone4から一緒に並んでいた大学生がiPhone 6から社会人になって並べなくなって、その後は仕事終わりに挨拶しにきてくれるくらいの交流になってしまいました。『寂しいな』と思っていたら、iPhone7から会社を辞めてまた戻ってきたんです(笑)」
「iPhone 3Gの時に後ろに並んでいた人とは今でも交流が続いてて、iPhone Xの列に並んでる時に『元気にやってるー?』とわざわざ京都からかけつけてきてくれたんですよ。そいつは予約してて自宅に届くから列に並ぶ必要はないのに」
「行列は、僕の中でちょっとした同窓会ですね。『就職しました』とか『結婚しました』とか近況を聞けて、それが列に並ぶ醍醐味のひとつです」
都会のど真ん中でキノコ汁
交流は行列内だけにとどまらない。
「iPhone4くらいから、『これから並びます』とか『暇』とかツイッターで実況を始めたんです。そうしたらツイートを見てくれた人がわざわざ話にきてくれたり、差し入れを持ってきたりしてくれるようになったんです。輪がどんどん広がっていきました」
「思い出深いのが、ラーメン屋の店長が閉店後に丸々1本のチャーシューとメンマ1キロを持ってきてくれたことですかね。いやー驚きましたよ。さすがに一人で食いきれないから列のみんなで一緒に食べました」
「iPhoneXのときなんて、深夜2時ごろに千葉から主婦が車でふらっとやってきて、タオルをぐるぐるに巻いた土鍋を持参してきたんですよ。なにごとかと思ったら、中は土鍋で炊いた白米(!)。その場で塩おにぎりを作ってくれて、キノコ汁もセットで振る舞ってくれました。大都会のど真ん中であんなことできないですよ、普通(笑)。みんなの厚意には本当に感謝しかない」
今の俺があるのもiPhoneのおかげ
行列だったらどこでも良いわけではない。iPhoneの行列でなければならない理由がある。
「他の列に並んだとしてもきっとこんなに盛り上がれないでしょうね。俺が並ぶのがもはや風物詩になってるみたいで、iPhoneの発売時期になったらネットで『あの人の季節か』『もうすぐBUTCHさんの出番ですね』といった投稿を良く見かけるんですよ。そうやって言ってくれるのはすごい嬉しい」
「今の俺があるのもiPhoneのおかげです。iPhoneが人が集まる場所を作ってくれて、人と人とをつないでくれた」
来年は、iPhoneが日本で発売してから節目の10年を迎える。インタビューの最後、次も並ぶかたずねると、答えはすぐに返ってきた。「もちろん!」