日銀の金融政策に変更がないことは、「無風」と呼ばれる。2017年は年間を通して無風の1年だった。現在の黒田東彦総裁が13年3月に就任して以降、初めてだ。景気は順調に回復している一方で、2%の物価目標達成にはなお遠い。
しかし追加緩和策を講じることは現実的ではないため、現状の政策を維持すると黒田総裁は判断しているようだ。18年4月に5年の任期満了を迎える黒田総裁は「再任」も取りざたされ、デフレ脱却への「長期戦」が金融市場で意識されている。
景気は回復、物価目標2%には届かず
足元では息の長い景気拡大が続いている。内閣府の発表する四半期ごとの国内総生産(GDP)の実質成長率(前四半期比)は、直近の2017年7~9月期で年率換算2.5%増となり、7四半期連続のプラス成長を記録。この連続記録は、現在の統計の取り方を始めた1994年度以降で最長だ。統計手法を無視すれば、バブル期の「8四半期連続」以来の長さとなる。2017年7~9月期の個人消費はマイナスだったが、企業の設備投資が1.1%増と伸びたことがプラスを支えた。世界経済も堅調なため17年10~12月期以降に失速するとの見方は少なく、19年10月の消費税率アップまでプラス成長が続く可能性もある。
雇用環境は雇われる側に明るい活況が続いている。直近の2017年10月の有効求人倍率(職を求める人の数に対する企業が求める人の数)は1.55倍で、バブル期を飛び越え、1974年以来の高水準。全都道府県で1倍を超え、求職者数を上回る求人数がある状態だ。日銀に雇用環境改善の責任はないが、米国の中央銀行にあたる連邦制度準備理事会(FRB)は雇用の最大化が物価安定と並ぶ使命。日銀も雇用に無関心ではいられないが、相当いい数字となっている。
景気が回復しているのは間違いないが、日銀が目標に掲げる物価目標2%にはなかなか届かない。世界的な原油価格の上昇を反映し、直近2017年10月の「生鮮食品を除く」(コア指数)は前年同月比0.8%プラス、「生鮮食品・エネルギーを除く」(コアコア指数)はプラス0.2%にとどまり、勢いを欠く。「野菜も高いし、ガソリンも高いなあ」という印象は実態を反映したものだが、変動が激しいそれらを除いたベースでは、1年前に比べて横ばいに近い状態なのだ。
年明け以降は、次期総裁選びが本格化
こうした中で12月21日、政策変更がなかった金融政策決定会合を終えて記者会見に臨んだ黒田総裁の発言が注目された。景気が良いのは世界共通で、ここへきて米FRBに続いて欧州中央銀行(ECB)も緩和縮小を進めているからだ。リーマン・ショック以来の危機モードからの完全撤退でもある。しかし黒田総裁は「景気がいいからそろそろ金利を上げるとの考えはない」と述べ、2013年春の就任以来の2%の物価目標にこだわり、それに向かって現在の大規模な金融緩和策を維持していく考えを強調した。
黒田総裁の記者会見に注目が集まったのは、黒田総裁が11月のスイスでの講演で「金融緩和の副作用が金融機関の経営に悪影響を与え、ひいては金融仲介機能を低下させて緩和の効果を減じさせかねない」と指摘したからだ。聞きようによっては副作用のデメリットが大きいことを理由に緩和縮小にかじをきる布石とも聞こえるからだ。しかし、決定会合後の記者会見で「(講演は)学術的な分析をとりあげたもので、(金融政策の)見直しが必要だとは思っていない」などと述べ、「火消し」に専念した。スイスでの発言は今、日銀ウォッチャーの間で、緩和縮小ではなくむしろ「追加緩和が必要」と主張する日銀の片岡剛士審議委員へのけん制とみられており、実際そんなところかもしれない。
年明け以降は、次期総裁選びが本格化し、政策変更どころではなくなるだろう。そうした中で有力視されているのが黒田総裁の再任だ。現在73歳という年齢を気にする向きもあるが、今や高齢者が健康かどうかは年齢差より個人差という面もある。黒田氏自身はいたって元気だ。何より任命権者である安倍晋三首相が再任に前向きと伝えられている。
再任を視野に入れると、「2%物価目標」は、黒田総裁が就任以来掲げているだけでなく、日銀と政府の共同声明にも盛り込まれており、取り下げることは考えにくい。取り下げて円高にでも見舞われれば元も子もない、ということもあろう。一方で、金融緩和を進めるための国債の買い入れ量にもいずれ限界がくる。そこで、あくまでも長期戦の2%物価目標への政策を掲げつつ、いかに「出口」を探るかが、黒田再任後の日銀の大きな課題で、相当な際どく、狭い道となりそうだ。