共倒れのケースとは
複数のメディアが同じ資料を入手した場合、裏付け取材や関係者を認めさせる時間的な余裕がないから、共倒れになるケースが少なくない。調査報道は単独での資料入手が不可欠と言われるのはこのためだ。結果的にNHKと朝日が競合(他にも持っていた新聞社があるらしい)したことによって、不十分なまま世に放たれたことになる。
現在までのところ、安倍首相が自らの口で「加計学園をよろしく頼む」と指示したことを示す一次資料は存在しない。明らかになっている資料をもとに言えるのは、獣医学部の新設に抵抗する文科省を説き伏せるために「総理のご意向」をちらつかせて虎の威を借りようとしたか、内閣府の幹部や官僚が「安倍首相のお友だち」であることを前提とした忖度があったかのどちらかだ。
私自身、安倍首相が直接的に「よろしく頼む」などと指示を出したとは思っていない。だが、どこかで「忖度」が生まれ、「加計ありき」で進められた疑いはあると思う。せっかくの岩盤規制の風穴をあけながら、不公平な形で認定したとしたら、その風穴は二度と通れない歪んだものになってしまいかねない。
米国の歴史学者でファシズムやナチズム、ホロコースト研究で知られるティモシー・スナイダーの著書「暴政」(慶應義塾大学出版会・池田年穂訳)に書かれていた言葉がある。
「忖度による服従が意味するのは、熟慮もせずに新しい状況に本能的に適応することなのです」
筆者はファシズムなどの暴政が形成されていく過程では、権威主義的な匂いを感じ取った官僚だけでなく市民までもが本能的に順応するための忖度を重ねていった結果、「暴政」はいとも簡単に浸透して不可逆的な状況に陥ってしまう。これは歴史的考証に基づいた警告だと指摘している。
安倍政権を「暴政」と決めつけるわけではないが、権威主義に結びついた忖度は国のあり方を歪めてしまいかねないというのは示唆に富んでいる。
(ノンフィクション作家・辰濃哲郎)