人工知能(AI)は2017年、大きなブームとなった。多くのメディアが取り上げて新たな製品やサービスが登場し、「AIスピーカー」は「ユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされた。
もっともAIの概念や研究自体は、つい最近始まったわけではない。一般的に認知されるようになったAIは2018年、私たちの生活にどこまで浸透するだろうか。角川アスキー総合研究所の主席研究員、遠藤諭氏に近未来を予想してもらった。
アマゾン「エコー」に注目する理由
――AIに関する世間の理解は2017年、どこまで広がったと思いますか。
遠藤 ビジネスパーソンの間では、かなり浸透したのではないでしょうか。現状ではAIと言うと画像認識、自動運転、またAIスピーカーのように音声言語でやり取りする「言語系」の3つのジャンルが主に知られていると思います。この中で画像認識について挙げると、工場などでの不良品検出などもありますが、身の回りでも例えばスマートフォン(スマホ)では顔認証の機能が組み込まれはじめましたし、今後は「AIチップ」が搭載されるようになるでしょう。カメラに映ったテーブルや壁などの空間をきちんと認識する「AR」(あるいはMR)という技術が注目されていますが、スマホはさらに賢くなりますね。
少し時間をさかのぼります。AI研究の歴史は古く、ブームや「冬の時代」を繰り返し、2012年に画期的な機械学習の方法「ディープラーニング」が開発されました。その後、それまでは専門家や研究者だけが使っていたAIを、米グーグルをはじめ大手IT企業が技術をオープンにして「皆さん使ってください」と大衆化を進めた。ここが重要です。おかげでAIの世界は過去3、4年でガラリと変わったと言えるでしょう。
一方で読者の皆さんのなかには、AIの技術の進歩や取り巻く環境の変化が激しく、大量のニュースが流れてきてどう取捨選択してよいのか、右往左往してしまう人もいるでしょう。その目安となるようなものとして角川アスキー総研では2017年、「AI白書」(情報処理推進機構編)を刊行させてもらいました。事例を豊富に掲載しているのが特徴で、このタイミングで1回まとめる必要があったと思います。
――「AI白書」の「利用動向」の章では、AIを活用した具体例が数多く紹介されています。この中で音声認識、中でも国内では2017年に製品化が進んだAIスピーカーについて、2018年をどう占いますか。
遠藤 17年10月にグーグルが「グーグルホーム」、LINEが「クローバウェーブ」を発売し、続いてアマゾンが「エコー」を発表しました。米アップルも開発中です。
この中で私は、アマゾンのエコーに注目しています。独自に開発したAI「アレクサ」を搭載し、米国では2014年に発売されましたが、競合製品とは考え方が大きく違っています。例えばエコーに「ピザ食べたい。マルゲリータ3枚」などと注文したとします。実はこれ、ウェブサイトで注文する際に文字を入力するのを音声にしているにすぎません。グーグルホームのAIであるグーグルアシスタントは、名前のとおり「アシスタント」(秘書)の性格が強く、なんでも聞いたことに答えることを目指していますよね。それに対して、アマゾンの場合は「入力欄を埋める」ことを音声でやりとりしたら、いままで同社のクラウド上で動いていたようなサービスを呼び出すだけと割り切っている。そうしたウェブ画面やアプリに相当するものを「スキル」と呼んでいて、ちょうどブックマークのようにエコーに登録しておくことではじめて使えます。そのスキルは、音声の中でどれが入力欄に埋めるデータであるかというのを定義していくことで開発します。グーグルが「秘書」であるのだとするならば、スキルは「代理人」だとの指摘もあります。ウェブ画面は、もともとその店やサービスの代理人のようなものですからね。実際には、エコーでもかなり秘書的な使い方やIoT(モノのインターネット)的な使い方ができるので、少し見えにくくなっていますがそこが違う。
「AIスピーカーは、はやらない」という意見もありますが、ピザの注文にしろ、タクシーを呼びだすにしろ、ウェブ操作で行うならユーザーは慣れているわけですから、(音声に代わるだけなので)私は定着すると思います。アマゾンは、画面付きの「エコー・ショウ」や、テレビなどいろいろな機器にアレクサを入れています。
音楽を楽しむ、ニュースを読み上げる、居間や寝室の電気の消灯を命じる、さらに車のバッテリー状態を知らせてもらうなど、できることは増えてきています。
――家が大きな米国と比べて、日本の家庭でAIスピーカーを使う意義はあるでしょうか。
遠藤 私個人は、照明のスイッチのオン、オフや音楽再生が中心の使い方ですがそれだけでも十分に重宝しています。部屋の構成が理解されていて、音楽はスマホなどの画面をにらんで操作しなくても欲しいプレイリストがすぐ再生します。
これがプラットフォームとして出てきたことが重要です。その先にあるものとして、ネット通販で成功したアマゾンは消費のスタイルをさらに変えようという野望を抱いているのは間違いありません。それに、グーグルやアップル、国内勢がどんな思想と戦略を持って対抗してくるかは見ものではないでしょうか?
2018年はどうなるか......実はエコーも、米国でヒットするまで2年ほどかかりました。日本も定着するまで多少時間を要するかもしれません。
AIは仕事を奪うのか
――自動運転はどう進化するとお考えですか。
遠藤 今のところ、将来は運転手が必要なくなるという議論が主ですが、その先には「車で外出しても、自動運転で自宅の車庫に戻ってくれれば駐車場が必要なくなる」といったような、社会システムの変化までつながれば面白い。現在の「ぶつからないような仕組み」の研究は、まだ「序の口」だと思います。
米国では、大都市の公道で(実証実験を)大胆にやっていますよね。つまり技術的にはかなり進んできていると分かります。これが日本でどこまで行われるようになるか。2020年の東京五輪を意識して開発を推進する可能性はあると思います。
――AIを活用した新技術の開発は、ほかにどんなものを期待しますか。
遠藤 例えばカモメは非常に効率よく風に乗って飛んでいます。またカンガルーが走っているのは実は弾んでいるだけで、複雑な動きを要する歩きよりもエネルギー消費量が少ない。AIがディープラーニングでこうした「運動系」を学習して獲得していけば、将来は新しい形の乗り物ができるかもしれません。
私は、日本のコンピューターを作った人たちにたくさんインタビューしてきたのですが、それで実感しているのは、銀行オンラインなどの社会システムはもちろんですが、高層ビルにしろ航空機にしろ、橋梁にしろコンピューターの計算能力なしには作れなかった。コンピューターが、私たちの生活や街の風景を変えてきたのです。AIの力で、同じように目に見える変化が起きたら楽しいですよね。
AI自体も進化するでしょうが、私としては人間のパートナーであってほしい。賢くなっても出しゃばらず、あくまでアドバイザーにとどまる。一方で人間に求められるスキルはAIとの関係性。どう「合意」し、伝えるかが大切になると思います。
――その点、「AI白書」の中でヤフーCSO(最高戦略責任者)の安宅和人氏が「これから起きる競争の本質は、よく言われるようなAI vs 人間のような戦いではなく、データやAIの力を使い倒す人と、そうでない人の戦いになる」と発言されています。
遠藤 私もそう思います。「AIが人間の仕事を奪う」という議論の中で、プログラマーが仕事を失うのではないかとよく耳にしますが、そんなことはないでしょう。プログラミングというのは、コンピューターを動かすため手取り足取り「指示する」という仕事でした。しかし、コンピューターがAIに進化したとしてもやってほしいことを正確に伝える必要があります。そうした事柄をAIとの間でとり交わすための契約書のような合意のための手段としてプログラミングは必要とされ続けるでしょう。それ以前に、世の中のものをAIに応用するための仕事が、子どもや若い人たちにはこれからドッサリありますよ。
AIに触れる第一歩としては、AIスピーカーがよい入口になるかもしれません。今の若い世代は幼いころからパソコンやネットに親しんでいたでしょうから、意外に抵抗なく使うのではないでしょうか。とにかくひとりのユーザーとして使ってみることをお勧めします。それがひいては、AIの技術の進歩にもつながると思います。
●遠藤諭氏プロフィル
えんどう・さとし/角川アスキー総合研究所取締役主席研究員。ネットデジタル全般に関する調査・コンサルティングを企業に提供する一方、ディープラーニング、VR/AR、量子コンピューターなど最新技術に関して発信、講座の開催などを行っている。著書に『ソーシャルネイティブの時代』、『ジェネラルパーパス・テクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著、アスキー新書)ほか。