トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定宣言し、大使館を移転させる決定をしたことが、国際的な波紋を呼び、抗議活動では死者も出ている。
1948年のイスラエル建国で、この地域に住むパレスチナ人の多くは難民となった。1967年の第3次中東戦争で、イスラエルは東エルサレムも占領。エルサレム全域を「首都」と宣言したが、国際社会はテルアビブを事実上の首都とみなしている。エルサレムはキリスト教とイスラム教の聖地でもあるからだ。
「またやってくれた」
エルサレム首都認定を無効とする国連の決議に、賛成が128か国、アメリカとイスラエルを除くと反対は7か国という結果だった。アメリカが「賛成国への財政援助停止」を示唆したため、棄権と欠席が56か国にも及んだ。
米国に住む知人のサラ(72)はシナゴーグ(ユダヤ教寺院)に通うリベラルなユダヤ人で、友人とクリスマスも祝う。トランプ嫌いのサラは、「またやってくれた」と言わんばかりに首を横に振る。
「トランプがやることは、いつも滅茶苦茶。問題を大きくしているだけ。パレスチナ人の反発をあおり、寝た子を起こしてしまった。イスラエルではパレスチナ自治区に、ユダヤ人が移住するための入植地を作り続けている。パレスチナ人の貧困や苦しみから目をそむけ、彼らのニーズに応えているとはいえない。そうしたことに反発を覚える人は、ユダヤ人にも多いわ」
CNNが委託した最新の世論調査によると、今回の首都認定と大使館移転について、党派で大きく意見が分かれた。共和党支持者の79%がエルサレム首都認定、66%が大使館移転に賛成しているのに対し、民主党支持者の71%がどちらについても否定的だった。パレスチナ紛争で中立的立場の維持を促したのは、共和党支持者では44%なのに対し、民主党支持者では78%だった。
「アメリカはもう、イスラエルとパレスチナの仲介者にはなりえない」と嘆く人もいるが、アメリカが国際社会で孤立していることについて深刻に受け止める声は、米国内ではさほど強くないようだ。
「よくやってくれた」
友人のデビー(55)は、頑なに伝統と宗教を守り続ける正統派ユダヤ教徒だ。
「アメリカを支持しているのは、聞いたこともない小国とか、あまり影響力がなさそうな国。世界の主要諸国はどこも支持していないけれど、私たちユダヤ人はそんなこと、慣れっこだから。殺されてきたわけだし」と苦笑する。
今回、アメリカを支持したのは、トーゴ、ミクロネシア、グアテマラ、ナウル、パラオ、マーシャル諸島、ホンジュラスだ。
CNNニュースではニュースキャスターがベネズエラやシリア、中国などアメリカに反対した国を挙げ、「人権や安全も保障されていないような国に、アメリカが説教されたくない」と報道し、同局の別の番組では「国連は元々、パレスチナ寄り。さらにトランプということで、風当たりが強かった」と分析していた。
トランプ大統領の今回の首都認定を、「よくやってくれた」、「勇気ある行動だ」と高く評価する声も目立つ。アメリカでは1995年に上下院の圧倒的多数で、「エルサレム大使館法」が成立した。しかし、この法律は大統領が先送りを命じることができるため、これまで22年間、歴代の大統領はパレスチナへの影響を考慮し、先送りしてきたからだ。
ジョージア州アトランタに住むキリスト教徒のジョナサン(40代)は、「ブッシュもクリントンもオバマも実現しなかった選挙公約を、トランプは実行した」と評価している。
前出のデビーの夫・ジャシュワ(60)も当然、正統派ユダヤ教徒だ。彼の父親は、第2次世界大戦中に杉原千畝氏の「命のビザ」で救われたひとり。日本を経由し、アメリカに移住した。
いつも陽気に冗談ばかり言っているジャシュワが、この話になると声を荒げた。
「トランプがエルサレムをイスラエルの首都に認定したって? 何も目新しいことじゃない。ほかの国がどう考えようと、エルサレムはこれまでもずっとイスラエルの首都だった。国連やほかの国が認めない? そんなこと、関係ないだろ。じゃあ、君に聞きたいんだが、エルサレムを首都と認定しなかったら、中東の状況がよくなるとでも思っているのかい?
今回のパレスチナ人の抗議は、僕らを攻撃する新たな言い訳に過ぎない。ユダヤ人が何度、譲歩したと思ってるんだ。ユダヤ人がイスラエルから出て行かない限り、彼らは満足しない。パレスチナ人が求める『和平』は、それしかない。ただ、アメリカを支持しない国に対して財政援助を打ち切るというのは、賛成できない。どの国も自由に意見を表明する権利がある」
「聖書を読めば、あの土地はユダヤ人のもの」
「でも、パレスチナ人の言い分はわかる? 彼らが先に住んでいた土地だったという......」と私が質問を投げかける。
ジャシュワは少し沈黙し、口ごもりながら続けた。
「彼らの言い分はわかる。でも聖書の時代に遡れば、あそこにはユダヤ人がいたんだ。聖書を読めば明白だ。あの土地はユダヤ人のものなんだ」
デビーが口を挟む。
「時代的にもモハメッドよりずっと前だわ。それにしても、トランプがエルサレム首都認定と大使館移転を言い出した動機は、何なのかしら。なぜトランプは、親ユダヤなのかしら」
「支持率が落ちているから、選挙公約を守って、支持基盤であるキリスト教福音派(evangelicals)やユダヤ人を満足させたかったと言われているけれど」
2014年の調査によると、アメリカ人の4人に1人がキリスト教福音派だ。彼らのなかにはトランプ支持者も多い。ユダヤ人はアメリカの総人口の2%にすぎないが、政治的にも影響力が強い。
私がそう答えると、デビーが深くうなずく。
「なるほどね。イスラエルに行った時、飛行機で隣になった女性が福音派だった。福音派はイスラエルに多額の寄付をしていると言ってたわ。彼らのなかには、イスラエルは神がユダヤ人に与えた土地だと信じている人が多いから。でもね、私はもっと大きな別の理由があると思っているの」
そう言うとデビーは、興味深い話を始めた。 (この項続く)(敬称略。随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。