頭部などに強い衝撃を受けることで起きる「脳震盪」は「外傷性脳損傷」の一種だ。頭痛や記憶障害などが起きるが、基本的には1~2週間ほどで症状は治まるとされている。
子どもや10代の若者の中には症状が数か月に渡って持続する例も確認されているが、どのような症状がどの程度の期間続くかは、脳震盪になってみなければわからなかった。
しかし、2017年11月20日にペンシルベニア州立大学医学部のスティーブ・ヒックス助教授らの研究チームが、脳震盪の重症度や症状を唾液検査によって予測する方法を確立したと発表したのだ。
唾液中のマイクロRNAで症状を予測
脳震盪はラグビーやアメリカンフットボール、ボクシングなど選手同士の接触が起きやすいコンタクトスポーツでよく起きるが、アスリートに限られる障害というわけではない。
ヒックス助教授らの調査によると、米国で記録されている脳震盪の3分の2が小児や10代の若者となっており、さらにその中の3分の1は脳震盪の長期症状を訴えているという。
頭痛が長続きするくらい大したことはないのでは、などと侮ってはいけない。日本ラグビーフットボール協会が発表している「脳震盪/脳震盪の疑いの取り扱い」というチェックシートでは症状として、吐き気、嘔吐、めまい、バランス感覚の欠如、ものが二重に見えるまたはぼやける、疲労感などの体調不良、錯乱、記憶障害、集中困難などが挙げられている。
「ちょっと頭痛がする」レベルではない。こうした症状が数か月も持続すれば、体にとっても相当な負担となるだろう。
ヒックス助教授らは脳震盪を起こす子どもたちの症状を客観的かつ正確に予測できる方法が確立できれば、より効果的な治療が提供できると考え、体調の変化に応じて血中や唾液中で濃度が変わる「マイクロRNA(mRNA)」分子に注目。
ペンシルベニア州立大学付属医療センターを受診した、7~21歳の脳震盪患者52名の唾液検査を実施し、4~8週間追跡した。
その結果、脳震盪を起こしてから約1か月後に表れる頭痛や疲労感、記憶障害の症状に強く関連するmRNAを3つ特定。症状の重症度や持続期間に関連するmRNAも2つ特定し、いずれも現在使用されている脳震盪の診断に用いられる「Standardized Concussion Assessment Tool 3」というテストよりも正確だったという。
唾液検査の方法は、病院や診療所で患者の気道にいるウイルスをチェックするためのものと同じで、ヒックス助教授らは、
「技術的にはすでに完成している検査方法であり、1~2年以内に検査キットとして実用化することが可能になるのではないか」
とコメントしている。
唾液検査以外でも診断は可能とする意見も
球技などでボールが頭部に直撃して脳震盪を起こす例もあり、子どもが脳震盪を起こした場合に素早く症状を検査できる方法が確立できれば、有用であることは確かだ。
ただし、研究には疑問の声なども寄せられている。論文をレビューしたマサチューセッツ州ボストン小児病院のウィリアム・ミーハン医師は研究のサンプルサイズ(被験者数)が少ない点を指摘。
また、脳震盪で重症度の高い症状を持つ患者は非ステロイド性抗炎症薬を使用している場合が多いとする調査報告があることから、「抗炎症薬が潜在的な交絡因子(症状に影響を与える要因)となっている可能性があり、唾液検査だけで完璧な結論が導けると断定するのは早計ではないか」とし、
「発見自体は有望であり、スポーツ関連の脳震盪の診断、回復、予後評価のために有用な方法となり得るが、現状でもMRIや脳波の測定によって脳の機能的健康状態を把握する方法はいくつか存在しており、唾液検査以外の手法は無意味であるというわけではない」
とコメントしていた。