人間の体は「気」「血」「水」の3つのバランス
問診で広井さんから一通り症状を聞いた伊藤教授はある可能性を導き出していた。漢方には体の状態を見極める独特の3つの概念がある。「気」「血」「水」だ。「気」はエネルギーのようなもので、西洋医学でいう自律神経やホルモンの働きも含む。「血」は西洋医学の血液に栄養の働きが加わる。「水」はリンパ液などの血液以外の体液の流れをさす。
伊藤教授は、「脈診」で広井さんの脈を3本の指でさわった。脈の数を数えるのではなく、脈動の強さを診る。広井さんの脈の力は弱めで、体質は「虚」(きょ)と判断した。漢方では、人間の体質を「虚」と「実」(じつ)で分ける。「虚」の人は虚弱という言葉でわかるように、病気に対する抵抗力が弱い。一方、「実」の人は抵抗力が強い。
伊藤教授「一見、実の人の方が健康的でよいと思われますが、違います。風船の例を考えてください。空気が少ないとしぼみますが、空気が多く膨らみすぎると破裂してしまいます。虚と実はほどほどがよいのです」
次は症状の根源に迫る「腹診」だ。へその周りを押したり触れたりして、硬さや軟らかさ、反発力を診て、虚と実の程度を判断する。
伊藤教授「広井さんの腹力は5段階中2くらいの『虚』です」
「ここ、痛くありませんか?」と、伊藤教授の指が狙いすましたように肋骨の下へ行くと、広井さんは大きくうなずいた。伊藤教授は「この時点で漢方的な診断はついています」と話し、最後に舌を見る「舌診」をし診断を確認、こう語った。
伊藤教授「広井さんの症状は、上半身が汗をかきやすく、下半身が冷える『気逆』(きぎゃく)です。本来なら体内をめぐる『気』が上に上がったままの状態になっています。そのため、足が冷たいのに顔は熱いため熟睡できない。これは自立神経の乱れによる『気』の不調の典型的な症状です。頭痛や疲労などほかの症状もすべて『気逆』が原因です」
伊藤教授は広井さんに漢方薬の「柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)を処方した。体の熱や炎症をとり、気の働きを整える。気の流れを正常に戻せば手足の冷えが改善、イライラも解消し、よく眠れるようになる。もともと人間が持っている免疫力を上げていき、ほかの症状を段階的に消していくのが、原則1種類の薬で治す漢方治療の極意なのだ。
広井さん「今まで不調の理由がわかりませんでした。対処する方法がわかったことがうれしいです。これで50代を楽しく生きられそう」