ボクシング、WBA世界ミドルで新王者となった村田諒太選手はタイトル戦前、「ビジョントレーニング」と呼ばれる目の鍛錬を重ねていたことを明かした。特殊な装置をジムに置いて訓練する様子は、村田選手を追ったNHKの番組でも紹介された。
今から24年前、ボクサーとしてビジョントレーニングを先駆的に取り入れたのが飯田覚士さんだ。その後、WBA世界スーパーフライ級のチャンピオンに上り詰めた。現在は東京都内で、子どもから大人まで年齢を問わず指導をする。村田選手も「教え子」のひとりだ。飯田さんに詳しい話を聞いた。
相手のパンチがスローモーションのように
――ビジョントレーニングとの出会いを教えてください。
飯田 私が日本ランキング入りしていた1993年、知人のライターから、米国で「オプトメトリスト」(検眼士)の資格を得た専門家が名古屋にいると聞いたのがきっかけです。当時から目の重要性に気づいてはいましたが、目をトレーニングするとの発想はありませんでした。ボクシングの練習を重ねて技術力を高めることがすべてだと思っていたのです。
――どのようなトレーニングを始めたのですか。
飯田 顔を固定しての眼球運動や平均台を渡るといったメニューで、手作りの器具を使ったものも多かったです。私の場合、「上目づかい」が苦手だと分かりました。これは急所であるあごが上がる危険性につながっていました。例えば右斜め上30センチの点にしっかり焦点を合わせようとすると、二重に見えてしまう。訓練を重ねるうちに「目のスタミナ」がつき、試合で相手選手と対峙したときも楽に上目づかいで見続けることができるようになる。
私が感じた効果は、言葉にすると「視覚情報の処理スピードが上がる」。開始から6か月で相手のパンチが「見える」ように感じました。具体的には対戦相手の動きがスローモーションのようになる。実戦では相手が何をしようとしているかが分かるようになり、自分はそれに対応する動きに素早く移れるようになったのです。パンチの軌道だけでなく相手の癖も見極められる。例えばパンチの動き出しの前に左ひざに重心を載せているといった「周辺情報」が目に入ってくる。視野能力が向上したおかげで、以前より多くの情報をとらえられるうえ、それを処理できる力がつき、理解したうえで自分の体の動きに連動できるようになったのです。世界戦に挑んでいる頃には、相手のつま先の角度の違いによってその動きを見抜き、対処していました。