【ダーウィンが来た! 2週連続猫大特集】(NHK)11月12日・19日放送
荒ぶるオス猫の真実 子猫との関係で世界的な大発見
飼い猫には最大の疑問がある。突然の失踪だ。若いオスが家出し、そのままいなくなるか、傷だらけの姿で帰ってくる。いったい、どこで何をしているのだろうか。番組では「猫の島」で有名な福岡県の相島(あいのしま)で1匹の若オス「コムギ」に2年間密着した。
すると、旅に出るオスの宿命の向こうに、猫の常識を覆す驚きの大発見が待っていた。オス猫は子育てをしないはずなのに、コムギは自分の子を守るため、ほかのオスと死闘を繰り広げていた。これは2週連続の感動の「イクメン」猫の物語である。
「子殺し」をするオスに、「協同保育」で対抗するメス
相島には100匹以上の野良猫が人とともに暮らしている。主人公は茶トラ模様の若オス「コムギ」。2歳を目前としたコムギは、母親のミュウや姉妹と暮らしていた故郷の船着き場を離れ、旅に出た。近親交配を避けるために、思春期になると、メスは残るが、オスは遠くに居場所を求め放浪する。
前編は旅に生き、戦いに破れ続けるコムギの切ない物語が続く。年上のメスたちから言い寄られるコムギ。熟女猫にとって新参者の若者は大歓迎。「新しい血」を入れた方が強い子を生めるからだ。「モテ期」到来のコムギ。しかし、強いオスから順番にメスに近づいていくのが恋のルール。コムギは他のオスたちから激しく攻撃され、傷だらけに。あまりの恐怖に、しばらく下水管の中を移動し、食事もままならない日々が続いた。若いオスはこうした修行を経て、自分の居場所を確立していくのだ。
番組では、オスの残酷な行為を映し出した。「子殺し」だ。物置の中の段ボール箱の中に生まれたばかりの子猫が数匹。母猫の留守中、1匹のオスが近づき、段ボールの中に首を突っ込んだ。悲鳴が聞こえ、後にかみ殺された子猫たちの姿が。子育て中のメス猫はオスを受け付けない。しかし、子どもを失うと発情し、オスを受け入れる。オスはメスに自分の子どもを生ませ、自分の子孫を残すために、ほかのオスの子どもを殺す。
このため、メスたちは協同で保育をする。同じ物置の中で複数のメスが子を産み、お互いの子に乳を与え合う。そして、協力して近づくオスを威嚇し、追い払う。
コムギは障害を持つメス猫に恋をしたが...
コムギは旅先で一匹のメス「メル」と出会った。メルは足が不自由で、片目が見えない。それでも何匹もの子どもを育て上げ、相島の人々からは「母猫の鏡だね」と一目を置かれる名物猫だ。これがコムギの初恋だった。メルも尾を高く上げ、コムギに体を摺り寄せた。「いい感じ」の2匹。しかし、ボス猫に邪魔され、コムギは追い払われた。
それから数か月後の後編、取材班に予想外の展開が。コムギが突然荒々しく豹変し、他のオスを攻撃し始めた。オス猫同士のケンカは「鳴き合い」から始まる。互いに睨み合って鳴き声を上げ、目をそらした方が負けだ。それまで目をそらしてばかりいたコムギが、自分より大きなオスに挑戦し、気合で圧倒する。コムギはある物置に執着し始め、物置に近づく他のオスたちを猛然と追いかける。呆れて、他のオスたちは近づかなくなった。
ある日、コムギは物置に入っていった。取材班が中を探ると、段ボール箱の中に生後1週間ほどの4匹の赤ちゃんがいた。コムギは段ボール箱に首を突っ込んだ。「まさかコムギ、お前も子殺しをするのか!」。取材班に緊張が走った。しかし、何事も起こらず、コムギは去った。そこにメルが戻ってきた。4匹の赤ちゃんはメルの子どもだった。さらに物置に「ヨゴミ」というメス猫が入ってきた。床のカゴにはヨゴミの子どもが3匹いた。メルとヨゴミは同じ物置で協同保育をしていたのだ。
数日後、コムギはまた物置にやってきて、赤ちゃんのニオイを嗅いでいた。コムギは物置の外に出てマーキングを開始した。別のオスがやってくるとコムギは執拗に追いかけ撃退した。コムギはメルやヨゴミが子育てをしている場所から、少し離れたところに横になった。この謎めいた行動が1か月続き、取材班は「ある可能性」を試すことにした。
コムギが守っていた7匹の子猫のDNA鑑定をすると...
相島の猫を研究し、多くの論文を発表している西南学院大学准教授の山根明弘氏は、島にいる約100匹の猫全てを個体識別している。山根明弘さんは「メルの子どもたちの父親はコムギなのではないか」という仮説をたてた。、コムギの唾液とメルやヨゴミの子猫たちの唾液を、綿棒を口の中に入れて採取した。そして、DNAを使った親子鑑定を行った。その結果は驚くべきものだった。メルとヨゴミの子供7匹のうち、最大で6匹、少なくとも4匹は確実にコムギが父親だと判明した。
山根准教授「猫の社会でオスが子供の世話をするというのは、世界で初めての発見です。ネコ科の動物は、ライオン以外、普通オスは子育てをしません。チーターもヒョウも母親だけが子どもを守ります」
これまでは猫のオスも子育てには一切かかわらないと考えられてきた。自由に生きる野良猫は観察が大変だ。特に出産直後の母親は、神経質で近寄るのが難しい。今回、多くの無人カメラを仕かけ、大発見につながった。それでは、なぜコムギは自分の子どもを守る行動をしているのだろうか。山根准教授はこう推測する。
「これは猫の新しい進化です」
山根准教授「(野生のヤマネコから)人のそばで暮らすようになった猫は、数が増えた結果、オスたちは求愛する順番を決める掟を作りました。すると繁殖できない、あぶれオスが増えて子殺しの脅威が高まりました。それに対抗するため、メスたちは協同保育を編み出しました。オスも自分が父親の場合には我が子を守るために戦う行動をとるようになったと考えられます。これは猫の進化です」
番組では感動的なラストが待っていた。子どもが大きくなり、他のオスに襲われる心配がなくなったため、コムギは見守りの役目を終え、のんびり散歩していた。そこへ、メルが4匹の子どもを連れて現れた。そのうちの1匹「ポンズ」がコムギに近づく。コムギもポンズに近づく。2匹はすれ違いながら、お互いに一瞬だが、尻尾を高く上げた。猫が尻尾を上げるのは「うれしい時」の仕草だという。