2018年度予算編成で最大の焦点となる医療費の見直し論議が佳境に差し掛かっている。今回は医療機関に支払う診療報酬を改定する2年に1度の年。社会保障費圧縮という大方針のもと、この診療報酬が主戦場になる。日本医師会(日医)や族議員から反発が出て年末の予算案決定まで調整が続くのが毎度のことだが、今回は早々と「落とし所」を報じる新聞が相次いでいる。
政府は、高齢化の進展により、このまま社会保障費が増え続けると、制度の維持が困難になることから、2016~18年度の3年間の社会保障費の伸びを1兆5000億円程度に抑えるという目安を、財政健全化計画の中に盛り込んでいる。平均して年間5000億円の伸びに抑えるということだ。18年度予算の厚労省の概算要求では、放っておけば増える社会保障費の「自然増」が6300億円と見込んでいるので、差し引き1300億円を削る必要がある。これが予算編成の出発点だ。
社会保障の予算1300億円カットという「ノルマ」
今17年度予算ベースで診療報酬は約45兆円。改定率がマイナスだと医療機関の収入が減り、同時に財源になる公費や保険料、患者が窓口で支払う自己負担額(原則1~3割)も減る。診療報酬全体が1%マイナスになれば、国費負担は年約1200億円、患者の自己負担は年約600億円軽くなる。社会保障の予算1300億円カットという「ノルマ」は、診療報酬約1%分に相当すると考えればいいわけだ。
問題は内訳だ。診療報酬は、大きくわけて、薬や医療材料などの価格「薬価」と、医師の技術料など「本体部分」の2つからなる。2018年度の改定で、財務省と厚生労働省は診療報酬全体をマイナスとすることでは一致しており、中でも薬価は市場の実勢価格に合わせてほぼ毎回引き下げており、今回も大幅に引き下げるのは既定路線。そこで本体部分が焦点になる。財務省は「本体部分もマイナスに」と主張する一方、日医や自民党厚生労働族議員から「病院経営は苦しい」との声が出て、厚労省は板挟み――というのが大まかな構図だ。
2年前の2016年度改定の時は社会保障費全体で1700億円抑制が必要で、やはり診療報酬が焦点になり、「本体部分のマイナスになるかが焦点」と言われたのは今回と同じ。最終的には、全体でマイナス0.84%、うち薬価がマイナス1.33%の一方、本体部分は医師会の巻き返しでプラス0.49%。薬価で2200億円削り、本体部分の増加500億円をまかなったうえで差し引き1700億円のカットを実現した。
「微増」報道が相次ぐ
今回の改定にあたっての基礎資料となるのが、医療機関の経営状況について厚労省が11月8日にまとめた「医療経済実態調査」。それによると、医療法人が運営する診療所(ベッド数20床未満)の2016年度の黒字額は平均で前年度比9%減の1044万円、医療法人が運営する病院(20床以上)は同13%減の3495万円で、人件費の負担などが重く、病院の経営状態は悪化傾向にあるという。日医は「きめ細かい医療サービスの提供を求められ、医療機関が雇用を拡大した結果」として、「産業界全体の賃上げ傾向が明らかになる中、医療従事者の賃金改善が遅れている」と、本体部分のプラス改定を求めている。これに対して財務省は、経営に関する数字の取り方など細かく分析し、論争し、マイナス改定の必要を訴える――と言った攻防が年末に向けて繰り広げられるはずだ。
ところが、今回は、本体部分の「微増」という報道が、早くも相次いでいる。
予算編成作業は8月末の概算要求の締め切り後、財務省による各省庁からのヒアリングを経て、10月下旬の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)で財務省が大枠の考えを示し、各省庁との攻防が本格化、最終的に12月下旬に政府案が決定するという流れだ。今回も10月25日に財政審があり、社会保障費について、財務省が診療報酬のマイナス改定を打ち出して号砲が鳴った。
ところが、報道の出足は例年になく速い。まず産経が「診療報酬、医師の技術料微増へ 来年度、政府検討 薬価は下げでマイナス改定に」(11月3日)と報じたのに続き、医療経済実態調査を受けた11月9日朝刊では朝日が1面トップ記事で「診療報酬マイナス改定へ 薬価下げ 診察料は微増検討」と打ち、毎日も同じ日の3面で「医師技術料は微増 診療報酬改定見通し」と報じた。
「財政規律が緩む方向に」
ちなみに日経は同じ9日朝刊で、医療経済実態調査をめぐる厚労省の主張と財務省の反論を詳報した「病院経営評価で綱引き」という記事を掲載。読売は10日朝刊経済面で財政審の提言原案を報じる記事で「診療報酬本体も下げ要請」と謳っており、両省が協議中の記事としては順当な報道だ。
一部の性急な報道ぶりについて、霞が関では「衆院選で与党が医師会の支援を受けたことから、本体部分をマイナスにはできないとの読みだろう」とささやかれる。日医の横倉義武会長が9日、首相官邸で安倍晋三首相と会談し、首相から「適切な医療ができるような財源は確保しないといけない」との言質を引き出した。この発言は、本体部分のプラス改定を前向きに検討する考えを示したものと受け止められている。
また、衆院選を通じ、首相が消費税増税分の使途について、財政再建に回す分を減らすと公約し、財政再建目標も先送りするなど、「財政規律が緩む方向に流れている」(財務省筋)ことも背景として指摘される。