今話題の大谷翔平や清宮幸太郎をはじめ、最近、日本の野球界で「右投げ左打ち」選手が急増している。これは右利きなのに、左で打った方が有利なためだが、米大リーグの選手を調べた研究でも圧倒的にいい成績をあげることが医学誌「New England Journal of Medicine」(電子版)の2017年10月26日号に発表された。
その一方で、日本のプロ野球界では「右投げ左打ち」ばかり増えることを危惧する声もある。いったいどういうことか。
大リーグで生涯3割打者の確率は「右打ち」の130倍
「右投げ左打ち」選手はといえば、イチローをはじめ金本知憲、松井秀喜、青木宣親、高橋由伸、阿部慎之助、福留孝介、柳田悠岐、筒香嘉智、亀井義行......。そして、大リーグ入りを表明した大谷翔平、高校通算最多の111本塁打を放ち、日本ハムにドラフト1位で指名された清宮幸太郎らがいる。
「NEJM」誌に論文を発表したには、オランダ・アムステルダム大学、独オルデンブルグ大学、英ケンブリッジ大学の合同研究チームだ。論文は非常に短いもので、なぜ欧州の大学が米大リーグの研究を行なったのかは不明だ。
研究はシンプルで、1987~2016年に大リーグでプレーした野手9230人を、「右投げ右打ち」(63%)、「右投げ左打ち」(11%)、「左投げ左打ち」(16%)、「左投げ右打ち」(3%)、「右投げ両打ち(スイッチヒッター)」(6%)、「左投げ両打ち」(1%)に分けて、生涯成績を比較した。生涯成績は、(1)打率が2割9分9厘以上(つまり3割打者)になる確率、(2)1000本安打を達成し野球殿堂入りを果たす確率を、それぞれオッズ比で比較した。
その結果、両方の成績とも最も良かったのは「右投げ左打ち」の選手だった。3割打者になる確率は、2位の「左投げ左打ち」の5倍と大きく引き離し、「右投げ右打ち」の何と132倍とずば抜けた成績だった。さらに野球殿堂入りの確率でも、2位の「右投げ両打ち」の2倍という成功率の高さだった。
それにしてもなぜ、「右投げ左打ち」は高打率を発揮するのだろうか。研究チームリーダーのアムステルダム大学のデビッド・マン教授(スポーツ医学)は論文の中で、3つの理由をあげている。
(1)まず、左打者の利点として、安打になる確率が高いことがあげられる。左のバッターボックスは一塁に近いうえ、バットのスイングも一塁方向になるため、右打者より早く一塁に走ることができる。
(2)右投げのメリットとして、全部のポジションを守ることができ、出場機会が多くなる。左投げは投手、一塁手、外野手に限られる。
(3)左打者の利点として、右打者が多数派を占めるため、投手は左打者との対戦経験や投球練習が少なくなり、左打者有利になりやすい。
こうした点からマン教授は、論文の中で野球指導者に対してこうアドバイスしている。
「私たちの研究から、右利きでも左打ちを選択した打者は成功率が高いことが明らかになりました。右利きは右打ちで、左利きは左打ちでというこれまでの常識は捨てるべきです。子どもたちには、右打ちと左打ちの両方を練習させ、好きな方の打ち方を選ばせるとよいでしょう」
少年野球指導者が勝利至上主義でつくった「左打者」
ところで、日本代表(侍ジャパン)はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、1回目(2006年)と2回目(2009年)こそ優勝したが、3回目(2013年=4位)、4回目(2017年=3位)は優勝を逃した。オリンピックの野球でも、1992年(バルセロナ)~2008年(北京)まで一度も優勝することができず、2位が最高だ。「NEJM」誌に論文結果とは逆に、日本野球のパワーが落ちているのは、「右投げ左打ち」選手がプロ野球に増えているからだと指摘する野球関係者が多い。というのは、国際大会では外角のストライクゾーンが広いため、左打者は左投手に圧倒的に不利になるのに、侍ジャパンは「右の大砲」不足に悩んできた。
ヤクルト、巨人、阪神で「右投げ右打ち」の強打者として活躍した野球評論家の広澤克美氏は、日経新聞の「『右投げ左打ち』増え...日本野球レベル低下に警鐘」(2014年5月21日号)にこう書いている(要約抜粋・以下同じ)。
「最近、プロ野球打撃部門の成績の十傑を見ると、外国人選手の名前がずらりと並ぶようになった。この現象を解くカギになるのが、最近増えてきた糸井嘉男、福留孝介らのような右投げ左打ちの選手だ。彼らは大砲というより、俊足好打の中距離砲だ」
「なぜこういうタイプの野手が量産されるかというと、リトルリーグや高校野球の指導者が『この選手を大きく育てよう』というより、目先の結果、つまり目の前にある大会に勝つことを優先させるからだ。勝つためなら右投げ左打ちはとにかく便利だ。左打者は一塁ベースに近く、ちょっと足が速い選手がショートにゴロを打てば内野安打になる。まだ、このレベルでは捕手の肩が弱いので盗塁ですぐさま二塁に進める」
「確率の悪いホームランを打つ選手を育てるより、ゴロを打ち内野安打にできる選手をつくる方が、少年野球では勝ち進む確率が高くなる。本来は右利きでも、運動能力が高く脚力があれば、簡単に左打ちに変えられる。物理的には右利きは右打席に立った方が、遠くに飛ばすことができるのだが、それはあきらめてしまう。指導者が選手の育成より勝利至上主義に走るのは、彼らも結果を求められているからだ」
元西武監督の東尾氏も「小さくまとまった選手ばかり」
元西武監督の東尾修氏も週刊朝日連載コラム「ときどきビンボール」の「清宮も! 高校野球で増える『右投げ左打ち』に危惧」(2015年8月17日号)にこう書いている。
「私が西武監督になった20年も前から、プロ野球に『右の大砲』がいなくなった。『俊足好打の右投げ左打ち』は山ほどいるのに。今話題の清宮もそうだが、『左打者』を作る過程で、スケール感を失わないことを真剣に考えることが大事だ。右利きが左打席に立つと、利き腕の右手で押し込んで長打する部分がどうしても消えてしまう。少年野球の指導者が、単に出塁したいから、勝ちたいから、といった理由で小さくまとまった選手を増やしてしまう」
「私が、若年層の指導者と話をする時によく言うのは『犠打禁止にしたらどうだ』ということ。野手なら遠くへ飛ばす、投手なら速い球を投げるといった野球本来の喜びを知ってほしいからだ」