「試しに書いてみたら楽しかったんです」
一連の貼り紙を書いたのは、同館につとめる学芸員の中村信宏さん(39)だ。大学時代は書を学ぶコースを履修し、「どちらかというと研究より文字を書くのが好きでした」とJ-CASTニュースの取材に語る。
直筆の貼り紙を掲出しはじめたのは「10年前くらい」といい、一風変わった文言は来館者への心遣いから生まれた。
「『お手を触れないでください』の一言ばかりだと心証がよろしくないかと思い、少しひねりを入れたくなったのがきっかけです。ただでさえ、書の世界は『カタい』イメージがあります。展示作品・資料の脇に『ユルい』言葉があれば、気を楽にしていただけるのではと考えました」
独特の書体は「当館の創設者である中村不折の書体をマネて書いています」と明かす。
「不折に少しでも近いものなら、来館の方々にも親しみをもってもらえるかと思いまして、試しに書いてみたら楽しかったんです。特に練習などはしておらず、作品をいくつも観賞してきたなかで自然と身についたものです」
一方で、「しかし、改めて不折の書と自分のものを見比べると、全然及ばないなあ...と思いますね」ともこぼしていた。
洋画家として活躍していた中村不折(1866~1943)は、20代の時に正岡子規に才能を見出され、新聞の挿絵を描くようになった。1895年の日清戦争で、挿絵担当の記者として子規と訪れた中国で書道と出会い、書家としての研究・作品制作もスタート。書に関するありとあらゆる史料を収集し、その数は約2万点という。書道博物館は1936年に創設し、こうした史料などを収蔵した。不折の書は、酒造メーカー「日本盛」や食品メーカー「中村屋」などの有名なロゴとしても現在まで息吹いている。
同姓の中村さんだが「不折と血縁関係はありません」とのこと。貼り紙を見た来館者からは「誰が書いたのかと時々問い合わせを頂戴します。お怒りの言葉は今のところなく、受け入れていただいているのかなと思います」と話していた。