全米最大規模の銃ロビー団体「全米ライフル協会(NRA=National Rifle Association)」の強い支持を得ているトランプ大統領は、銃規制強化に弱腰だ。とはいえ、ラスベガス銃乱射事件を受けてNRAは、半自動小銃に取り付けて自動小銃のように連射できる改造装置の規制を支持する、という異例の声明を出した。
そんなNRAを「全米最強の『銃規制』団体」と揶揄し、銃規制に一切妥協しない銃の圧力団体が「米国銃所有者協会(GOA=Gun Owners of America)」だ。会員はNRAが公称500万人なのに対し、GOAは150万人。「NRAは民主党におもねる臆病者」とこき下ろし、積極的にロビー活動を続けている。
NRAより強硬な団体「銃規制が人を殺す」
GOAは連射装置にしても、「少しでも隙を見せれば付け込まれて、規制対象はさらに広がっていく」とし、「銃所有者は断固とした姿勢で望むように」と呼びかけている。
NRAのスローガンは、「銃が人を殺すのではない、人が人を殺すのだ」であるのに対し、GOAのそれは、「銃規制が人を殺す。銃は人を救うのだ」。
自動小銃などの攻撃用武器も、自己防衛に使われて命拾いした例をあげ、規制に猛反対している。
米国では、場所によっては大手スーパーでも銃を買え、約3億丁の個人所有の銃が存在する。全世帯の3分の1が銃を所持している。大都市では1.5~3割だが、人口1万人以下の田舎町では6割近い。そのうちのほとんどの人は、法に従い、きちんと銃を保管している。
銃社会アメリカでは、誰もが銃を持ち歩いているイメージがあるかもしれないが、実際はどうなのか。
高校時代に留学したウィスコンシン州では、多くの家庭にライフル銃があり、狩猟の時期になると、家の前の木々に射止めた鹿がぶら下がっていた。
前回と前々回でも取り上げた、同州で生まれ育ち、長年、カリフォルニア州で暮らすダイアン・ラッチョウ(59)は、「狩猟以外の目的で銃を持っている友人は、一人も知らない。夫も銃器は大嫌いで、手を触れたこともない」という。
銃規制が緩いフロリダ州に住むスコット・パウエル(36)は、「持ち歩いてはいないけれど、ベッド脇のテーブルの引き出しに拳銃を入れているよ」と話す。幼い子供がいるので、弾は抜いて別に保管している。
ニューヨーク市はかなり安全になったものの、今も銃犯罪は起きている。半年ほど前にマンハッタンで出会った黒人男性は、市内の犯罪率の高い地域でトラブルに巻き込まれ、銃で足を撃たれたと話した。
30年ほど前に、アパートの建物の入口で拳銃を突き付けられた日本人を知っている。20年前には、市内の私のアパートのすぐそばで射殺事件もあった。
全米で最も銃規制が厳しい州のひとつ
しかし、リベラルで民主党寄りが圧倒的に多いニューヨーク市で暮らしていると、犯罪の多い地域は別として、アメリカが銃社会であると実感することは意外に少ない。ふだんの会話で、銃が話題にのぼることもほとんどない。
ニューヨークで生まれ、今もここに住むジェネファー・リード(42)も、「警官が手にする銃以外、見たことは一度もないし、銃声を聞いたこともない」と言い切る。
今回のような銃乱射事件が起きると、保身のために銃を買う人が増えるといわれるが、ニューヨークに住む友人からそういう話を聞いたこともない。
サーヴェイモンキー社の興味深い調査結果がある。2016年の大統領選で、全米50州中49州で、家に銃がある人のほとんどがトランプ氏を支持した。一方、48州で、家に銃がない人のほとんどがクリントン氏を支持したという。
民主党支持者が多いニューヨーク州は、全米でも最も銃規制が厳しい州のひとつだ。ニューヨーク市ではさらに厳しく、一般的に銃の携帯も禁止されている(例外的に、トランプ氏やロバート・デ・ニーロなどの著名人は認められている)。
都市部では地方に比べ、銃規制が厳しいといわれる。しかし、ニューヨークやシカゴで犯罪に使われる銃のほとんどは、より規制の緩やかな他州から持ち込まれるため、一か所だけ法律を厳しくしてもあまり意味がない。
鞄の中や服の下など人目に触れないように銃を持ち歩くことは、すべての州で認められている。また、ほとんどの州では、隠すことなく公然と銃を携帯できる(携帯許可が必要な州、公共の場では禁止している州も多い)。とはいえ、権利があるということであり、街中で拳銃を手に歩いている人を見かけることはめったにない。
「マンハッタンを歩けなくなる」
観光客の多いニューヨーク市は今、頭を抱えている。
全米50州で、どの州からも人目に触れないように銃を持ち込むことができるようにと、NRAが積極的に米議会に働きかけているからだ。トランプ大統領もこれを支持している。
今、他州から銃を携帯してニューヨーク市を訪れる旅行者が、市内の空港で逮捕され、多額の弁護士費用を支払わされたりしている。こうした煩わしさから解放され、全米どこでも自己防衛のために銃を携帯できるようにするためだ。
ニューヨーク市警は、「これが実現したら、この街は危険なことになる。許可や訓練なしで、あるいは重い罪を犯した者でも、銃の携帯を認めている州がいくつもあるからだ」と警告している。
リベラル派の多いニューヨーカーたちも、「そんな法律ができたら大変。おちおち、マンハッタンを歩けなくなる」と危機感を覚えている。
かなり安全になったものの、物騒だと思われがちなニューヨーク市に、自衛のために銃を持ち込みたくなる気持ちは理解できなくもない。しかし、多くのニューヨーク市民にしてみれば、服の下やバッグに銃を忍ばせている観光客のほうがよっぽど物騒なのである。(この項終わり)(敬称略。随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。