周小川、最後の忠告 中国に近づく「ミンスキー・モーメント」

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   マーク・トウェインはかつて、いわゆる銀行家は晴れの日に傘を貸し出し、雨が降り出すとすぐに傘を回収しようとする者たちだ、と語った。この言葉には、いくらか冷酷さが感じられるが、それが言わんとしているのは、金融の景気循環の本質ゆえに不確実性がもたらされるということだ。

   その後、米国のエコノミストであるハイマン・ミンスキーは、金融部門の不安定性の理論に関する解説を発展させた。もしすべての銀行が傘の回収に奔走するならば、金融危機は避けられない。この一瞬のことをミンスキー・モーメント(Minsky Moment)と呼ぶ。

  • 北京市内の銀行(写真はイメージです。本文とは関係ありません)
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金融危機が始まる「一瞬」

   2017年10月24日まで開かれていた中国共産党第19回党大会(19大)の期間中、中国人民銀行の総裁を15年も務め上げ、間もなく引退すると見られる周小川氏が、中央金融システム代表団のイベントで語った以下の言葉が、全世界から大きな注目を集めた。

「経済における景気循環の増幅性の要素が多すぎるならば、この周期の変動が巨大と呼べるほどに拡大され、繁栄の時期に示す過度の楽観性により、矛盾の蓄積が作り出され、特定の時が到来するならば、いわゆるミンスキー・モーメントが生じることだろう。この瞬間に伴う急激な調整こそ我々が避けるべきものだ」

   学術的素養が深い中央銀行のトップである周小川氏の発言は、もともと含蓄や示唆に富んでいるが、彼の発言は明らかな警告と言える。

山西省・石炭バブルの先例

   ミンスキー・モーメントとは何か?金融危機前のリスクは少しずつ蓄積されるものだが、危機の勃発は突然であり、不意を突かれるあまり防ぎようがないものだ。この唐突な勃発の瞬間こそが「ミンスキー・モーメント」だ。

   「不安定性こそ現代の金融制度の基本的な特徴だ。金融危機は金融自体に内在する特徴と密接に関係しており、すなわち金融に内在する不安定性によって金融自体が金融危機を引き起こす大きな一因になっている」とミンスキーは考えている。

   中国の大きな炭鉱の省である山西省における、かつての「ナンバーワンの富豪」だった邢利斌の物語は、「ミンスキー・モーメント」の典型的な事例だ。

   今世紀に入ってすぐに、石炭価格が安くなり、炭鉱が被った損失は深刻なものだった。これは、ミンスキーの第1段階であり、2002 年に邢利斌は8000万元(約14億円)の「超安値」で山西省柳林にある、石炭埋蔵量が1.5億トンの国有企業「興無炭鉱」の全株式を取得した。この第1段階では、借金に対する企業家の態度は非常に慎重なものだ。

   2001年に中国がWTO(世界貿易機関)に加入すると、輸出の急速な成長に押されて、経済成長もいわば高速道路に入り、それに伴って石炭価格も急騰した、2002年から石炭業界は「黄金時代」に入り、石炭価格は1トン当たり200元未満から2008年7月には1トン当たり1070元にまで跳ね上がった。これはミンスキーの第2段階だ。

   経済が上向きになると、それに伴って株価も不動産価格も上昇した。第2段階の拡張期において、邢利斌は多額の資金を株式市場や不動産市場に投じた。炭鉱の買収に力を注ぐだけでなく、不動産や農業、道路、セメントなどいくつもの業界にも参入した。

   無意識のうちに、企業はミンスキーの第3段階、つまり、投資詐欺的な「ポンジ・スキーム」の段階に入った。この段階において、企業利益は大抵、債務を償還するにはすでに足りていない状況だが、企業は目先の債務を償還するために新たな借金を続けることができるため、表面上は正常な状態を保つことができる。邢利斌の企業の総負債は320億元(約5500億円)に達して、倒産していった。

「デレバレッジ」か、「現状維持」か

   中国企業の債務は本当にとても危険なのか?一連の事実に目を向けてみよう。

   2014年に中国の非金融企業の債務がGDP(国内総生産)に占める割合は125%と高く、世界の主要な経済圏において第1位となった。

   最も危険なのは、国有企業の債務だ。国有企業が生み出すGDPは全体の25%(民間企業が生み出すGDPの2/3)だが、国有企業の借金が企業全体に占める割合は55%だ。

   問題はすでにこれほど深刻なのに、これまで金融危機が発生しなかったのはなぜか?と問わざるを得ない人もいるだろう。

   その真相について、中国社会科学院の余永定氏は「例えば、商業銀行の状況が危なくなり、流動性の欠如や信用貸出の緊縮が生じたらどうするのか?このような問題は中国では発生しない。四大国有銀行の頭取はみな中国共産党の高級幹部であり、彼らは党と中央政府の指示に沿って速やかに行動する」と語っている。

   しかし、このような方法で危機を遅らせても、その代価は多くの「ゾンビ企業」の出現という形になる。債務水準が累積する一方で、ひとたび危機が勃発するならば、その破壊力は人を驚嘆させるものだろう。

   周小川は何を言いたいのだろうか。彼から見れば、中国は下記の選択問題に直面している。

   A:自己資金を上回るハイリスク取引を解消する「デレバレッジ」をすること。それによって一時的に失業や不良債権、経済成長の鈍化などの短期的な痛みが伴うかもしれない。

   B:たとえ将来的により大きな代償を払うことになるとしても、現在の状態を維持し、短期的な金融の安定を追求すること。

   理性ある政策決定者はAを選択するが、現実においては多くの人々がBを選択することだろう。金融業から去ってゆく際、周小川は、難題である「ミンスキー・モーメント」の時期を後継者にやっとバトンタッチできると、胸を撫で下ろしているのだろうか。

(在北京ジャーナリスト 陳言)

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