マジックマッシュルームという名前に聞き覚えがあるだろうか。
幻覚作用のあるキノコの総称で、日本では1990年代に脱法ドラッグの一種として密かに販売されていたが、摂取者が入院するなどの事件が起きたため2002年には麻薬原料植物に指定。現在では非合法になっている。
海外でも欧米を中心に違法化されているが、2017年10月13日ごろからBBCをはじめとする複数の英国メディアが「マジックマッシュルームでうつ病が治療できる」というニュースを報じたのだ。
しかし、これに対し英国民保健サービス(NHS)は「効果はない」と真っ向から否定する見解を発表した。
一見効果があったように見えるが
最初に報じたのは「The Guardian」と「Daily Mail」で、どちらも記事の趣旨は「マジックマッシュルームで脳をリセットして再起動することができ、それによってうつ病が治療できる」というものだ。
その後、BBCや「Daily Telegraph」、「INDEPENDENT」なども報じている。
報道の根拠とされたのは10月13日にインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究チームがオープンアクセスの学術誌「SCIENTIFIC REPORTS」で発表した研究論文。
その内容は、マジックマッシュルームに分類されるキノコから抽出される「シロシビン」という成分を、標準的なうつ病治療で効果が見られなかった患者20人に、1週間に1回のペースで2週に渡って投与する(1週目10ミリグラム、2週目25ミリグラム)というもの。
2回目の投与後にうつ病の症状の重さやMRIによる脳の活動状態を観察し、どのような変化が起きているかを評価している。
論文によると1人のみMRIの画像が乱れて評価外となったものの、19人中47%で実験から5週間後にうつ病スコアが改善され、全員の脳の血流量が投与後は減少していたという。
また、恐怖やストレスなどの多くの感情を制御する脳の領域「扁桃腺」の活動が活発化。シロシビン投与直後は脳の複数の領域の接続状態が「休止」状態に入ったが、その後活性化し、気分が改善している可能性もあるようだ。
研究者らは一連の反応が「電気痙攣療法」でショックを与え、脳を一端リセットし再起動させた場合と似ているとしたうえで、将来的にはシロシビンがうつ病の治療法になる可能性があるとしている。
「ほとんど効果がないと見なされる」
研究結果を読むと、特に報道が間違っているわけではなさそうだが、NHSは何を問題視したのか。まず報道内容だ。今回の研究はシロシビンを投与したのであって、マジックマッシュルームを食べているわけではないのだが、「Daily Mail」は「マジックマッシュルームを食べることはうつ病の治療に役立つ」と報じ、NHSは「違法薬物の摂取をすすめている」と非難している。
また、研究内容に疑問がある。対照群、つまりシロシビンを投与されていないグループが設定されておらず、気分やうつ病スコアの改善、脳の血流量の変化が本当にシロシビンによるものだったのか、結果からはわからないのだ。対象が存在しない以上、偶然今回の研究では変化しやすい人たちが集まった可能性も否定できない。
結果にも懐疑的で、次のように厳しく指摘している。
「研究の規模がわずか19人という少なさにも関わらず、5週間後にうつ病スコアが改善したのは半数以下の47%で、残りの53%には何も起きていない。この結果は一般的に『ほとんど効果がない』と見なされるものだ」
NHSは英国でシロシビンがうつ病に与える効果を検証する研究が複数行われていることや、その結果次第で新たな治療の選択肢が増える可能性は否定していないが、
「まるでパソコンのように電源をいったん落とし、再起動するという方法が人間の脳で可能なのか、まずはそれを知るための研究が必要だ」
とも発表している。