「女性は利他的(社会的)行動を重視するが、男性は利己的な行動を重視する」とはよく言われる話だが、これは研究によって確認されている性差だ。
しかし、脳の構造に男女差がないことも確認されており、なぜこのような違いが生じるのかは不明点も多かった。
その謎の一端を、欲求が満たされた際に反応する脳の「報酬系」の働きから解明したと、スイスのチューリッヒ大学の研究者らが2017年10月9日に発表している。
ドーパミンの放出を抑制すると変化が
人の脳の「報酬系」を担っているのは「ドーパミン神経系」と呼ばれるシステムだ。欲求が満たされた場合に神経伝達物質のひとつ「ドーパミン」を放出し、喜びや幸せ、快楽などの感覚を与える。
欲求が満たされるのは、食欲や性欲が解消されたときだけではない。愛情や美しいものを見たとき、自分にとって価値があることを達成した場合も含む。
チューリッヒ大学社会・神経システム研究所のフィリップ・トブラー博士らは、男女の思考や行動差とドーパミン神経系には何らかの関係があるのではないかと推測。実験によって検証することにした。
まず、健康な成人男女56人を対象に、多額の金銭を渡して「皆と分け合うか、自分だけが受け取るか」と確認し反応の違いを観察した。この際、被験者は無作為に2グループに分けられ、一方にはドーパミンの放出を抑制する「アミスルプリド」という薬を、もう一方には何の効果もない偽薬を服用させている。
すると、偽薬グループでは男性が「自分だけが受け取る」と答え、女性は「分け合う」と答えたのに対し、アミスルプリドグループでは女性が「自分だけが受け取る」とし、男性が「分け合う」と答えた。
同じ報酬系の反応でも、ドーパミンによって引きこされる応答結果が全く異なるという事態に驚いたトブラー博士らは、MRIを用いて詳細な観察を行うことにした。
男性9名、女性8名を対象に、報酬系が存在する部位である「線条体」の活動を確認すると、女性では前述のような「お金を分け合う」ような社会的決定を下したとき、男性は「自分だけが受け取る」利己的決定を下したときに強く活性化していることがわかったのだ。
こうした結果からトブラー博士は、「性差は構造的ではなく、機能的な理由から生まれていると考えられる」とコメントしている。
文化的な影響も否定できないが
齧歯類でもメスは利他的、オスは利己的という研究結果も過去に発表されており、男女の性差は進化の過程で培われてきたものだと考えられなくもない。
ただし、トブラー博士は「男女の文化的な影響、育ってきた背景の差異が一切影響していないと断定するにはまだ早い」と指摘し、次のように話していた。
「今回の研究から明らかになったのは、男女で医療用医薬品の与える影響がまったく異なるという点です。医薬品の臨床試験は男性が被験者となる例が多いのですが、これほどまでに結果が異なるのであれば、男女を均等に試験すべきでしょう」
今後も異なる脳の反応や薬剤の影響を男女で比較し、検証をすすめていく予定だ。