「高密度リポたんぱく質」「低密度リポたんぱく質」と言われても何のことかわからないが、「善玉(HDL)コレステロール」「悪玉(LDL)コレステロール」と言われれば誰もがわかるだろう。
医学的にそのような名前のコレステロールが存在するわけではなく、人体に有益な働きをするコレステロールを便宜上「善玉」と呼んでいるだけだ。
そんな善玉が動脈硬化を起こしている状態では「悪玉」になってしまうという研究結果が2017年10月12日、神戸大学大学院医学研究科の篠原正和准教授や平田健一教授らによって発表された。
HDLが脂質と炎症を増やす?
HDLコレステロールは血管の内部といった末梢組織で余っているコレステロールを肝臓に運ぶ作用に関係しており、さらに抗炎症作用を持つことから結果的に動脈硬化の予防に貢献している。善玉とされるのはこうした働きのためだ。
逆にHDLコレステロールが減少したり機能が低下すると、動脈硬化を起こしやすくなってしまう。
一方のLDLコレステロールは全身にコレステロールを供給する役割を担っている。かつては脂肪の蓄積に関係しているとされ、HDLコレステロールとは対照的に「悪玉」とされてきた。しかしその関係は否定され、最近は単純に悪玉とするのは誤りとする説が有力だ。
ただし、LDLコレステロールが過剰になると動脈硬化が促進されてしまうため、両者の比率がHDLコレステロール優勢の状態でバランスよく保たれることが重要とされている。
とはいえ、HDLコレステロールが有益な存在であることには変わりがないが、以前から動脈硬化を起こしている人ではHDLコレステロールの機能が極端に低下していることが知られていた。
なぜ機能低下を起こしてしまうのか、篠原准教授と平田教授は健康な人と動脈硬化患者、それぞれの血液からHDLを抽出。その構成成分の質や機能に違いがあるのかを比較、分析した。
その結果、わかったのは炎症抑制や生体防御を担う白血球の一種「マクロファージ」とHDLの相互作用だ。
マクロファージが活性化すると、強力な炎症作用を持つ「ロイコトリエンB4(LTB4)」という脂質の生産を促す酵素「LTB4産生酵素5-リポキシゲナー(5-LO)」が発生するが、健康な人の体内ではHDLがマクロファージに取り込まれることで5-LOを分解し、脂質の増加や炎症を抑制している。
これに対し、動脈硬化患者ではなんとHDL自身がLTB4を生産する機能を持ってしまい悪玉化していたのだ。この状態のHDLはマクロファージに取り込まれない。このため脂質と炎症が増え続け、動脈硬化だけでなく慢性炎症やがんの遠因などになっていると考えられるという。
HDLの「裏切り」は止められるか
動脈硬化になることでHDLが機能不全に陥り、さらに悪玉化してしまうという負の連鎖に陥ってしまうわけだが、解決策がないわけでもないようだ。
機能不全の原因はHDLがLTB4を放出しているためであり、LTB4の働きを阻害することができればHDLはマクロファージに正常に取り込まれる。両者の悪影響もなくなり、健康な人のように抗動脈硬化作用を取り戻すことができる可能性はあるという。
とはいえ、最も大切なのはそもそも動脈硬化にならないことだろう。
日本動脈硬化学会は「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」の中で、HDL・LDLコレステロールのバランスを取るために必要なのは生活習慣全体の見直しであるとしており、コレステロールの摂取制限だけを行っても意味はないと明言。
血圧や血糖値を適切にコントロールし、禁煙、運動、減塩、適度な飽和脂肪酸の摂取など包括的な取り組みを行うようすすめている。