密室殺人、アリバイ作り、偽装工作――鮮やかな「トリック」の裏では、犯人たちがこんなに苦労していた? ミステリー漫画『金田一少年の事件簿』のスピンオフとして、そんな「犯人視点」の物語を、あなたはご存じだろうか。
その名も、『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿」だ。2017年7月に漫画アプリ「マガジンポケット(マガポケ)」で連載開始されるやいなや、ツイッターなどを通じて人気が広がっている。異色の漫画が生まれたきっかけは? 作者の船津紳平さん(28)、担当編集者の冨士川哲也さん(33)に9月29日、J-CASTニュース記者がインタビューした。
『金田一』はテレビアニメ版から入った
『金田一少年の事件簿』(原作:天樹征丸・金成陽三郎、漫画:さとうふみや)といえば1991年に「週刊少年マガジン」でスタート、95年にはKinKi Kidsの堂本剛さん主演でドラマ化されるなど一世を風靡し、今なお『金田一少年の事件簿R(リターンズ)』として断続的に連載が続く、日本を代表するミステリー漫画の一つだ。
――さっそくですが、本作の企画の始まりについてお聞かせください。
冨士川(以下、敬称略) 僕が小学生のときに堂本剛さん版のドラマが始まるなど、『金田一』世代だったこともあって、何かスピンオフ企画ができないかと考えていたんです。ある日、先輩編集者と話し合っていた中でふとこの企画を思いついたんですね。話してみると、「すごく面白い。原作の天樹先生に投げる価値があると思う」と言ってもらえて。そこから、この作品を描いてくれる作家さんを探す段になったんですね。
名探偵・金田一耕助の孫、金田一一が、「謎はすべて解けた!」の決め台詞とともに、犯人のトリックを暴いていくのがご存じのとおり、原作の見せ場だ。一方、『犯人たちの事件簿』では主に初期の作品を元ネタとして、その犯人たちの視点から、彼らが事件を遂行するため奔走する姿を描く。
そんなスピンオフの作者として、声をかけたのが『ルポ魂』『はじめての田中論理』などの作品がある、船津紳平さんだった。
船津(同) 正直なことを言うと、『金田一』を読んだことはなかったんです。
――え、そうだったんですか?
船津 小さいころにTVアニメ(97年~2000年)を見ていたんですけど、ほとんど覚えていなくて......。
そこで「オペラ座館の殺人」(※編注:「金田一」最初の事件)を読んだんですが、「めちゃめちゃ面白い!」となって。でも、シリアスだし、しかも感動的なドラマがあるわけですよ。「これ僕が描いて大丈夫なのか!? ファンの人たちに怒られるだろうな...」。と心配でした。そもそも人が人を殺すという極限状況を描くという、企画自体が正気の沙汰じゃない(笑)。ただ、挑戦的な新しい企画だと思いましたし、これは描いてみたいな、と。
本作の犯人たちは、犯罪遂行のため実に涙ぐましい努力を重ねている。「トリックって金がかかる...!!」と述懐したり、予定外の殺人をしてしまい頭を抱えたり、小道具作りに悪戦苦闘したり――そして何より、最大の障害は金田一だ。苦労して用意したトリックを容赦なく暴く金田一は、犯人の側からすれば「お前さえ......お前さえいなければァァァァァ!!」(作中より)という天敵である。そんな犯人の奮闘、そして苦悩が、最大のみどころとなっている。
船津 死体がめっちゃ出てくる横で、犯人が「やっちまった......!」とか言ってる。「果たしてこれは、面白く読めるのか?」――すごい葛藤というか不安がありつつ、1話分のネーム(内容がわかる下書きのようなもの)を担当に見せたら、今までで一番くらいウケたんです。
編集部でのプッシュは大きくなかった
冨士川 僕は「絶対イケる!めちゃめちゃ面白い」とネームを「マガポケ」のチーフに見せたんですが、その時の第一声は「うん、まあいいんじゃない」。あとは、「連載開始と、単行本の発売のタイミングを本家『金田一』と同じタイミングにしてくれ」だけ。この作品は、全然期待されてませんでしたね。
船津 予告なども特になく始まったので「これ気づいてもらえるのか...?」って不安はありました。
――ところが連載がスタートすると、あっという間に話題になりましたね。
船津 めちゃめちゃ早かったです。マガポケに載ったその日に大きな反響がありましたからね。
7月5日、一人のツイッターユーザーが「マガジンポケットで連載始まった金田一の犯人視点のスピンオフ、面白すぎるのでみんな読んでほしい」とつぶやいた。この投稿はたちまち拡散し、10月時点でリツイートは2万5000回に達する。
船津 今でも覚えてるんですけど、担当からLINEが来たんです。そのツイートのスクショ付きで「ウケてるぞ」って。めちゃくちゃうれしくて、叫び出したいくらいでした。
――ははは。こうしたSNSでの話題の広がりは、あらかじめ計算していましたか?
冨士川 全然していませんでした。11月になってこの作品の単行本が出てから、本家と書店さんで並売してもらって「なんだこれ?!」と注目してもらうイメージだったんですが......。ここまで大きな反応があるとは予想だにしてませんでした。
『金田一』本編も重版決定!
『金田一』の犯人たちは、悲しい過去から殺人に走った人物が多い。そんな犯人たちをネタにするなんて――と、船津さんたちは不安だったという。だがふたを開けてみればファンからも大好評で、「金田一ファンのふところ広い!」(船津さん)と驚くばかりだった。
船津 『金田一』という材料があって、それをどう調理するかという漫画なので、難しい部分も多いのですが、逆に原作の材料自体がめっちゃ「おいしい」こともあって、「調理する必要ないじゃん!」という感じでした。具体的に言うと、「悲報島殺人事件」のトイレの中ぶたとか(※編注:金田一が犯人の正体に気付くきっかけとなる、重要な場面)。普通の漫画じゃできない、裏ワザみたいな漫画ですよね。読者から「ずるいよ! 笑うよ!」という感想があったんですが、自分でもそう思います(笑)。「このマンガがズルい!2017」があれば確実に1位じゃないかと思いますね。
実は元々、船津さんはネーム(原作)としてのみ携わり、作画は別の作家に話を持ちかけていた。しかし、結局船津さんが自ら作画も手掛けることに。初期『金田一』を再現した画風、演出は、ファンからも人気が高い。
船津 もともと、そんなに絵に自信がある作家じゃないんです。なので、原作を見ながら頑張って似せようと描いています。特に1話目は探り探りだったので、一番大変でした。
――すごいのが、元ネタの話ごとに画風を合わせてることなんですよね。最初の『オペラ座館の殺人』(単行本1~2巻)と、『蝋人形城殺人事件』(16~17巻)だと、「本家」の作画もかなり違ってきますが。
船津 『蝋人形城』になると、輪郭もシュッとして、目もキラキラになってきますよね。その都度新しい漫画を描くぐらいの大変さがあって(笑)、毎週「うまく描けなかった......」と落ち込んでいます。でも、読者の方から、「初期のころを思い出して懐かしい」「うまい」と反響があって、すごく嬉しいです。
本作の連載をきっかけに、「本家」文庫版の重版が決定し、電子版の売れ行きも伸びているといい、これを機会にぜひ改めて、『金田一』の面白さを味わってほしいと船津さんらは語る。
「あの事件を」「あの犯人を」というリクエストも
もともと全1巻の予定だったが、反響があった直後に連載続行が決定。現在は連載中断中だが、「シーズン2」は、2017年11月にも始まる。
読者からは、「あの事件を取り上げてほしい」「あの犯人を......」といったリクエストも続々と届く。逆に、本家未読にも関わらず読んでくれている若い世代もいるとか。「原作を未読の方がいたら、ぜひ読んでみてください、と言いたいですね。原作めちゃめちゃ面白いですから!」(船津さん)。
――9月6日発売の「週刊少年マガジン」では、本家『金田一少年の事件簿R』と同時に掲載されるというまさかの展開になりましたね。
船津 本家の横に載ってるという、すさまじい状況で...。まずありがたいですし、めっちゃ面白いなと思ってしまいました。今の新しい金田一と、僕の絵ですけど昔の金田一が一緒に載っているという(笑)。
冨士川 ただ、掲載順が『外伝』→『R』だったのが謎で。序列から言ったら、『R』→『外伝』がいいと思うんですが......。マガジンを読んで、「なぜだ編集長!」ってなりました(笑)。
これまで、なかなか連載が長続きせず、自信を失っていた船津さん。『金田一少年の事件簿』という「大きな力」を借りたとはいえ作品が当たったことは、「本当の意味で漫画家になれた、読者が僕を漫画家にしてくれた貴重な体験でした」と船津さんは語る。
――最後に、今後への意気込みをお願いします。
船津 読者の方に「発見」していただき、育てていただいた漫画ですから、本当に感謝しています。恩返しはやっぱり面白い漫画を届けることだと思うので、まずは11月17日発売の単行本を、皆さんに喜んでいただけるものに仕上げたいと思います。同じく11月から始まるシーズン2では、「自己ベスト」を更新して、より面白く、より新しく、よりクレイジーなものにできれば。楽しみに待っていてください。