家の中がモノで埋め尽くされ、生ごみや食べ残しが腐臭を放つ。撤去したいがその家の住人は「必要なものだ」と断固拒否――。こんな「ごみ屋敷」の困った事例がしばしば、メディアで報じられる。
だが実は、少数の「一風変わった人」の仕業とは言い切れない。加齢や生活環境の悪化により、自分の身の周りがごみだらけになる恐れは誰にでもある。
脳の前頭葉を含めた老化で関心の範囲が狭まる
タレントの見栄晴さん(50)の母親が2017年5月、89歳で亡くなった。東京都内にある築40年の一戸建てにひとりで暮らしていたが、晩年は家の中にモノがあふれる状態だったという。その様子が、2017年10月6日放送の「爆報!THEフライデー」(TBS系)で紹介された。
家の2階に上がると、廊下までモノがはみ出している。独身時代に同居していた見栄晴さんや、母親自身の部屋は大量の衣類や布団をはじめ、すき間がないほどで「その中で母親は寝ていた」という。
40年以上前に夫と死別した後は、見栄晴さんを育てるためひとりで食堂を切り盛りしてきた。働き者の母親に変化が見え始めたのは、見栄晴さんが40歳で結婚し、別々に住むようになってから。実家に戻るたびに、物が増えているように感じたという。
79歳で初めて、ひとりで暮らす母親の体に現れた異変。それは、「前頭葉萎縮現象」だった。シニアメンタルクリニック日本橋人形町院長の井関栄三医師は、「脳の前頭葉を含めた老化によって、関心の範囲が狭まる。自分の所有物、金銭、身近なものに対する執着が強くなる」と解説した。モノを捨てられず、まずは空室となった見栄晴さんの部屋にためこみ、体力の衰えと共に動くのが億劫になって自分の周りに置くようになったと思われる。
81歳で転倒し足を骨折。さらに腸閉塞や心不全、尿路感染に次々と襲われ、見栄晴さんが自宅で介護するようになるが今年5月、帰らぬ人となった。
ごみに埋もれた生活で両足の先が壊死
見栄晴さんの母親の場合、近所に迷惑をかけていたわけではない。他方、家の敷地から路上にまでゴミがはみ出し、悪臭や不衛生な状態を放置したままで近隣住民とトラブルになるケースもある。持ち主が撤去を拒めば、行政側も簡単には片づけられない。
自宅のごみ屋敷化が、住人自身の健康を脅かすこともある。2016年5月、千葉県北西部で、ゴミがたまった部屋から女性が救出された。2017年2月17日付の毎日新聞(電子版)によると、女性は60代後半。警察官らが訪れた際には「2階の部屋でレジ袋やペットボトル、ヨーグルトのカップ、おにぎりを包んでいたアルミホイルなどの大量のごみに埋もれ、あおむけに顔だけを出していた」。その後、救出されるが、女性の両足の先端部は壊死していたという。
この記事でも指摘されているが、女性には「セルフネグレクト」(自己放任)の疑いがある。セルフネグレクトについては、東邦大学看護学部の岸恵美子教授の著書「ルポ ゴミ屋敷に棲む人々」(幻冬舎新書)が詳しく解説している。
そもそもセルフネグレクトとは何か。岸教授は米学者マリア・P・パブロウ氏の定義に基づいて、次のように説明する。
(1) 個人の衛生、あるいは環境の衛生を「継続的に」怠り、極めて不衛生に陥る。
(2) 「当然必要とされる」サービスを「繰り返し」拒否する。
(3) 「危険な行為」により「自身が危険にさらされる」。
具体的には、(1)は掃除や入浴といった行為をストップし続ける、(2)は、介護が必要な状態なのに繰り返し説得しても断固断る、(3)は病気の治療やけがの処置を怠ることが当てはまる。
高齢になると体力や気力が低下する。腰やひざの痛みが出れば余計に片付けは後回しになる。つらい病気になればなおさらだ。部屋がモノで埋まっても、家族や友人に助けを求めるのは気が引ける。親族が遠方に住んでいたり、近所づきあいが希薄だったりすると、こうした異変になかなか気づいてもらえない。こうして、ごみ屋敷化が進む。
また高齢者の中には「人に迷惑をかけることを避け、人に気を遣ったり、役所の支援を受けることを恥じる人が少なくありません」と同書では指摘している。救いの手が差し伸べられても、医療やサービスを拒否してしまうのだ。
セルフネグレクトに陥る要因として岸教授は、「精神的な問題に関わる認知力や判断力の低下だけでなく、社会的な孤立、人生の困難な出来事、自立した存在でありたいというプライド」も挙げている。
加齢による心身の不調、認知症などの疾患はセルフネグレクトに大きな影響を及ぼす。一方で家族や友人、地域がこうした人々とのつながりを維持し、粘り強く支援を続けることが大切だろう。