20歳のときに交通事故に遭い、15年間植物状態になっていた男性に「迷走神経刺激療法(VNS)」という治療法を試験的に用いたところ、外部からの刺激に反応するまでに回復した――。
そんな驚きの報告が2017年9月25日、仏・認知科学研究所(ICS)の研究者らによって生物学分野の学術誌「Current Biology」で発表された。
12か月以上続く植物状態は不可逆的(元に戻らない)とされていたが、その「常識」を覆す結果だ。
植物状態は回復しない、は誤りだった
研究者らによるとVNSは1997年に開発された治療法で、一定の感覚で電気刺激を送り込む装置の電極を首にある迷走神経に巻きつけるというもの。
迷走神経は脳から内臓にまで達する重要な脳神経で、心拍数や胃腸の運動の調整、発汗、発生、意識の覚醒、潜在意識の制御とさまざまな役割を担う。
VNSはこの迷走神経を刺激しうつ病やてんかん、リウマチ、片頭痛などを治療するための補助療法として用いられてきたが、研究者らは「意識の回復にも利用できるのではないか」と推測。偶然回復する可能性を除外するため、15年前に自動車事故で重度の外傷性脳損傷を受け、現在も「植物状態」と診断されている男性を被験者に選んだ。
植物状態とは目は覚めているが意識がないことを意味する。つまり、呼吸や心拍は自分で行うことができるが、目についた物体に従ったり、声に反応するなど、意味のある反応や感情を示さない。
試験の内容はVNSを埋め込んで男性の回復状態を観察するというものだが、埋め込んでから4週間後には男性の脳活動が有意に改善していることが確認され、9月26日付のBBCの記事の中で男性の母親は「ベッドの側で朗読するセラピストの声に反応して目を開いた」と答えている。
その後男性の意識は確実に回復していき、眼の前で動かしているものを目で追う、「聞こえたらうなずいてください」という呼びかけに反応してうなずく、と目覚ましい改善をみせたという。
手足の反応が回復している可能性を示す兆候もあり、診察中の医師が突然男性の目の前まで顔を近づけると、目を見開いて驚くとともに膝をわずかに動かすという反応も確認されている。
研究者のひとり、アンジェラ・シリグ医師は「男性はもはや植物状態ではなく、最低レベルの状態ではあるものの意識状態に入っている」とし、次のようにコメント。
「これらの知見はVNSが、植物状態という最も重篤な臨床的状況であっても意識の変化をもたらすことができることを示している。脳の可塑性と修復には希望がないと思われていたが、実際にはなお可能である」