2017年9月11日で、米同時多発テロ事件から16年。この日を、1か月間ほど過ごしたフランスで迎えることになる。昨年も2度、パリで過ごした。今回はフランスから見える「トランプの米国」をお伝えする。
若い女性ふたりが、パリのセーヌ川沿いにすわってシャンパンを飲みながらくつろいでいた。言葉を交わすと、カリフォルニアからの観光客だった。
「パリ旅行」に脅えるニューヨーカー
「パリに住んでいるのかと思った」と私が言うと、「まあ、ありがとう。それは褒め言葉よ(Oh, thank you. That's a compliment.)」と嬉しそうに答えた。
「パリは移動祝祭日」と語った米作家ヘミングウエイのように、多くのアメリカ人にとって「パリ」や「フランス」が特別な響きを持つことは、ニューヨークでもそれ以外の街でも感じてきた。が、ここ数年で反応は明らかに変わってきた。
2017年春、ニューヨークのセントラルパークのカフェで、ある中年女性が、「ニューヨーカーの私が言うのも変だけれど、パリには怖くて、もう行く気になれない」と私に話した。
パリのレストランで隣のテーブルにすわっていたアメリカ人女性は、パリ在住25年。「ヘミングウエイなどのロストジェネレーションの時代のイメージを抱いて、パリにやってくるアメリカ人が今も多いけれど、パリは変わってしまった」と嘆く。
「パリやフランスはもはや、同じではない」と感じる大きな理由のひとつは、テロの恐怖だ。ライフル銃を構えた兵士が何人かでまとまって、昼間の住宅地を練り歩いている。若者や移民が、警官に尋問を受けている場面にも、度々出くわした。
ニューヨークでも、五番街のトランプタワー前やタイムズスクエア、セントパトリック大聖堂、地下鉄など、人の集まる場所ではライフル銃を手に警官が立っているが、フランスほど緊迫した感じはない。
昨年も今年も、パリではショッピングモールの入口ですら、荷物検査を受けた。フランス北部のアミアンの国鉄駅の切符売場でも、切符を買うほんのわずかの間、すぐそばのソファ脇にスーツケースを置いておくと、荷物のそばにいるようにと注意された。
フランス北部の街シャルトルの大聖堂では、警備員が始終、歩き回って目を配っていた。大聖堂内の小さな礼拝堂で、祈りを捧げるごく数人の信者の間に立って警備に当たっていたのには驚いた。
「パリはもはや、パリではない」
ベルギーとの国境近くに位置するリールは、9月に街の広域を歩行者天国にしてヨーロッパ最大の骨董市が行われることで知られる。今年、アンティークのラジオを出品していた男性が、「昨年はテロを警戒して、骨董市が中止になった。今年は再開されたけれど、会場の広さも訪れる人の数も半分になり、ヨーロッパ2位になってしまった。通行止めになっている道路の入口に大きな石が置かれていただろう。車が突っ込むのを防ぐためだよ」と説明してくれた。
ここ数年で、警戒はかなり厳しくなった。 2016年の大晦日にシャンゼリゼ通りへ向かうと、そのかなり手前でボディチェックと荷物検査を受けた。お祝いに持ち込んだ未開封のシャンパンやワイン、ジュースなどはすべて、その場でボトルごと地面に捨てさせられた。凱旋門前には警官が横に2列に並んで張り付き、バリケードを築いていた。
パリでは2015年11月に、中心部と郊外で同時多発テロが発生。130人が死亡し、350人が負傷している。イラク・レバントのイスラム国(ISIL=Islamic State in Iraq and the Levant)は犯行声明を出し、「フランスがシリアを空爆したことへの報復」と主張した。
2016年7月14日の仏革命記念日には南部のニースで、群衆にトラックが突入し、84人が死亡、202人が負傷した。イスラム国の兵士が実行したと報道されている。
そして、フランスでは今年に入ってからも、テロや襲撃事件が5件、起きている。
「パリはもはや、パリではない (Paris is not Paris any more.)」
2017年2 月、トランプ大統領が保守派の政治集会でそう語り、次のように演説した。
「何を押してでも、毎年夏になるとパリに行っていた友人が、今はそんなことを考えもしない」、「フランスで起きていることを見てくれ。ニースやパリを見てくれ」、「世界中で何が起きているか、見てくれ。私たちは賢くならなければならない。私たちに同じことが起きてはならない」
これに対しパリ市長は、トランプ大統領とその友人に向けたツイッターで、「私たちはエッフェル塔でミッキーマウスとミニーマウスを使って、パリのダイナミズムとオープンな精神を祝福しています」と皮肉った。
当時の外務・国際開発大臣も、「2016年に350万人のアメリカ人がフランスを訪れました。いつでもアメリカ人を歓迎します」とツイートした。
ただ、 フランスはイスラム圏以外で、世界最大規模のイスラム・コミュニティを抱えている。その数は450万人~500万人といわれる。移民やその2世がヨーロッパ諸国に居住し、イスラム過激派に共鳴して起こすテロ、「ホームグロウン・テロリズム」が問題となると、「移民にテロリストが紛れ込んでいる」として、移民の受け入れに反対する声がフランスでも高まっている。
移民に反対する彼らは、「フランスでのテロは、移民を受け入れてきた政治家たちの責任だ。自分たちの命を守ろうとしているだけなのに、なぜ人種差別者呼ばわりされなければならないのか」と主張する。
だが、仏中西部ツール在住のバスドライバー、フィリップ・ベルナさん(59)は、こうした意見に強く反発する。「テロが起きると、移民に対する風当たりが強くなる。でも、テロリストはごく一部で、移民とは別問題だ。移民を排除するトランプのやり方が、フランスの答えではない。『フランスのトランプ』と呼ばれるルペン氏を破って、マクロン氏が大統領になった。でも、残念ながら、彼にフランスを変えられるとは思えない。以前、私は政治活動に積極的だった。今は政治に失望している。フランスがテロの標的になるのは、フランスが(シリアなどで)空爆をし続けているからだ。フランスや世界中で起きていることを思うと、ただただ悲しい。私には何も変えることができない」
(この項続く)(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。