経営再建中の東芝は2017年8月10日、本来の期限より1か月以上も遅れてようやく17年3月期の有価証券報告書を提出した。すったもんだの協議の末、PwCあらた監査法人から決算への「お墨付き」は何とか得られたものの、「限定付き適正」というグレーゾーンの評価で、決算をめぐる「疑惑」が完全に解消したわけではない。今後の焦点は東京証券取引所による上場維持審査に移るが、東証は難しい判断を迫られる。
「決算が正常化し、課題の一つが解決できた」。東芝の綱川智社長は8月10日の記者会見で、監査法人から決算への「お墨付き」を得たことに胸を張った。
「限定付き適正」評価
だが、それは妥協の産物だった。東芝とPwCあらたは、米国の原発事業の巨額損失を把握した時期をめぐって対立。PwCあらたは一時、決算が正しくないことを示す「不適正意見」を表明する方向に傾いた。
決算に「不適正意見」が付けば、東芝の信用は地に落ちる。東証は2015年に発覚した東芝の不正会計問題を受け、上場維持の可否を審査中だが、「不適正」なら上場維持の結論を出すのは極めて難しくなる。
東芝は「不適正と表明するなら、根拠を数字で示すべきだ」と必死に抵抗を続けた。さらに、PwCあらたの中でも、「不適正」を表明して東芝の上場廃止の引き金を引くことへの慎重論が根強くあった。とはいえ、甘い監査意見を示せば、今度はPwCあらたが監査法人としての責任を問われかねない。
「不適正」の烙印を押すべきか、否か――。さまざまな思惑が絡む中、PwCあらたが下した結論は、決算の一部に適正でない部分はあるものの、全体には影響しない「限定付き適正」という玉虫色の評価だった。東芝関係者は「東芝と監査法人の両方のメンツが立った」と胸をなで下ろす。だが、PwCあらたが東芝の決算に納得したわけではなく、決算が正しかったのかどうか、疑問は残されたままだ。
何とか目先の上場廃止の危機をクリアした東芝だが、まだ危機は終わっていない。今後、東証による上場維持に向けた審査が本格化するからだ。
「極めて難しい判断になる」
東証は2015年9月、東芝を内部管理に問題がある「特設注意市場銘柄(特注)」に指定した。東証の基準では、「内部管理体制について改善がなかったと取引所が認める場合」に上場廃止となる。東証は早ければ今秋にも、東芝の上場維持の可否について判断する方針だ。
ただ、監査法人から玉虫色の意見が示されたことで、東証の判断はますます難しくなっている。内部管理をどの程度改善すれば特注を解除できるのかについては、明確な基準があるわけではなく、取引所の判断に委ねられている部分が大きい。監査法人のお墨付きを得たとはいえ、疑惑の残る決算を発表した東芝の上場を維持するのかどうかは「極めて難しい判断になる」(東証関係者)。
東芝の上場を廃止すれば、株式の売買が自由にできなくなり、大勢の株主に影響が出る。関係者によると、官邸では経済への影響や株主の混乱を憂慮し、東芝の上場廃止への反対論が強まっているという。
一方で、東証の親会社である日本取引所グループが6月に開いた株主総会では、東芝の上場審査に関し、株主から「東芝などの大きな会社には忖度(そんたく)をしていないか」と厳しい意見が出た。東証の判断によっては、海外投資家からも「日本市場は身内に甘い」「事なかれ主義」といった批判が出かねない。
「クセ球」を投げられた形の東証が今後、どう打ち返すのか。命運を握られた東芝だけでなく、国内外の関係者が注視している。