筆者はテレビ、新聞をまず見ない。この生活スタイルで長年やってきており、官邸勤務していた役人時代も同じだ。よくそれでいろいろな解説ができるなと驚かれるが、もちろん情報収集のためにテレビ、新聞を使わないというだけで、インターネットを通じて一次情報を諸官庁や国際機関から直接入手しているので、情報には困らないというだけだ。
もっとも、映画やスポーツではテレビに頼っている。最近でも甲子園で行われた高校野球を見るのが日課であった。甲子園野球が終わったのにNHKテレビをつけたら、10:05-10:15で「くらし☆解説 景気好調、それでも上がらない賃金」というニュース解説をやっていた。何気なく見たら、びっくりするような内容だった。
表面的、現象面だけみた解説
番組では、2017年4~6月期GDPが年率4.0%、個人消費も年率3.7%などと景気が好調であることが紹介された。その上で、6月の有効求人倍率1.51倍と人手不足の中、6月の賃金は0.6%減少と上がらない賃金が問題としていた。その理由として、基本給は若干あがったものの、夏のボーナス支給が減少したと説明していた。非正規の賃金は上昇するが、正規の賃金がまだというものだ。そして、消費拡大が今一歩なので、物価も上がらないとしていた。その後、日銀がインフレ目標2%を掲げても一向に達成できない、なので、2%何が何でも達成すべきではなく、見直しが必要になっているという結論だ。
表面的な現象面だけをみていれば、こうした解説になるのだろう。番組の途中でも、人手不足なのに、なぜ賃金が上がらないのか不思議とも言っていた。
たしかに、玄田有史編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』という本もある。22名のいろいろな分野の専門家(労働経済学のほか、経営学、社会学、マクロ経済、国際経済の専門家や、厚生労働省、総務省統計局、日銀のエコノミスト)が書いているというので読んでみたが、この本にも驚いた。
誰一人として、構造失業率(いくら金融緩和してもそれ以上下げられず、インフレ率だけが高くなる失業率水準)を論じていないのだ。そして、意識していないだろうが、既に完全雇用が達成されているという前提で論が進められている。構造失業率まで失業率が下がらないと、賃金の本格的な上昇は起こらないだけだ。
ちまたのエコノミストでも。賃上げが進まないのを経済学で解明できない不思議という人もいるが、単に構造失業率を知らないか、間違っただけだ。ある人は4%台であると公言していた。
筆者の推計では構造失業率は2%台半ば
筆者は、構造失業率をいろいろな方法で推計しており、その答えは2%台半ばである。そして、この構造失業率2%台半ばは、インフレ目標2%とも深く関係している。失業率とインフレ率の間には、フィリップス曲線という安定的な関係があることが先進国では知られているが、日本の場合、失業率2%台半ばはインフレ2%に対応するのだ。つまり、インフレ目標2%を達成を放棄することは、構造失業率2%台半ばを放棄することになる。
NHKの解説委員は、こうした経済学の基本も知らずに解説していたわけだ。もちろん、構造失業率という言葉はまったく言及されていない。
ちなみに、こうした経済分析からは、構造失業率2%台半ば、インフレ目標2%を達成するためには、有効需要25兆円が必要であることもわかる。これを財政政策で達成するためには20兆円経済対策、金融政策で達成するためには追加緩和であと2年以上の期間が必要となるだろう。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわ
ゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に
「さらば財務省!」(講談社)、「『年金問題』は嘘ばかり」(PHP新書)、「大手新聞・テレビが報道できない『官僚』の真実」(SB新書)など。