不動産大手の積水ハウスは、「分譲マンション用地の購入に関する取引事故につきまして」と題するリリースを、2017年8月2日に発表した。そこには、「所有者から契約相手先を経て当社へ所有権を移転する一連の登記申請を行ったところ、所有者側の提出書類に真正でないものが含まれていたことから当該登記申請が却下され、以降、所有者と連絡が取れない状況に至りました」と記されていた。
そう、積水ハウスは不動産詐欺に引っかかったのだ。関係者によると、その被害額は63億円にものぼる巨額なものだ。
ニセの登記書類に騙された
この詐欺事件の経緯をたどってみよう。
舞台となったのは、東京・西五反田の「海喜館」という旅館。古風な佇まいから「怪奇館」とも呼ばれている旅館だ。すでに営業はしていないが、その建物は現在も手付かずで残っている。JR五反田駅から徒歩約5分の目黒川沿いという、ロケーションのよい一等地に、これだけまとまった土地はなかなか残っていない。不動産会社にとっては「垂涎の的」の物件だ。
詐欺の対象となった土地は、約600坪(約2000平方メートル)。その土地に動きが現れたのは、2017年4月24日。「IKUTA HOLDINGS」(代表・近藤久美)という会社が登記簿上で「売買予約」の仮登記を行った。そして、同日に積水ハウスは、その移転請求権の仮登記を行っている。つまり、この4月24日に事実上の契約が交わされたことになる。
この時点で積水ハウスは手付金を支払っているようだ。購入資金の決済日は6月1日。同日、積水ハウスは購入代金70億円のうち63億円を支払っている。直ちに、積水ハウスは所有権移転の登記を申請するが、6月9日に所有者側の提出書類に真正でないものが含まれていたことで、登記申請が却下される。
慌てた積水ハウスはすぐにIKUTA HOLDINGSなど関係者に連絡を試みるが、すでに連絡は取れず、所在は不明となっていた。
さらに6月24日には、積水ハウスが購入したはずの土地が2人の人間に相続登記されていることが判明。積水ハウスは、不動産詐欺にあったことが確実となった。
「63億円」は戻ってこない
「IKUTA HOLDINGS」のような存在は、「地面師」と呼ばれる。他人の土地や建物を利用して、持ち主の知らないうちに本人になりすまして不動産を勝手に転売して代金をだまし取ったり、担保に入れて金を借りたりする。
積水ハウスが土地を購入したIKUTA HOLDINGSは、「海喜館」の本来の所有者と積水ハウスの売買を仲介する役割を装った。もちろん、「海喜館」の所有者とは一切関係がなく、取引すらなかった。IKUTA HOLDINGSは偽造書類などにより、積水ハウスに「海喜館」を売り、まんまと63億円を騙し取ったということだ。
さらに、IKUTA HOLDINGSは、登記簿上の本店を永田町としており、その場所は元衆議院議員の小林興起氏の事務所となっている。ただし、小林事務所はIKUTA HOLDINGSとの関係を否定している。表札一つあるわけではなく、実態の乏しいペーパーカンパニーのようなのだ。
積水ハウスでは、「何らかの犯罪に巻き込まれた可能性が高いと判断し、直ちに顧問弁護士によるチーム体制を組織のうえ、捜査機関に対して被害の申し入れを行った」。同社では、「捜査上の機密保持のため、これ以上の詳細の開示は差し控える」として、捜査の行方を見守る姿勢だ。
被害額も確定していなことから、同社では今のところ、この事件関連での損失計上は見送っている。2018年1月期の業績予想も修正していない。関係者は、「事件の全貌がわかり、被害額が確定しないと経理面でも経営面でも何もできない」とコメント。そのうえで、「今後は不動産取引ルールの再点検を実施し、再発防止に努めていく」としている。
一方、警察関係者は、「事件関係者の面はほとんど割れている(人物の特定はできている)。事件の全容解明もそれほど先のことではないだろう。しかし、金が戻ってくる可能性は小さいだろう」という。
不動産のプロである大手不動産会社が被害者という非常にめずらしくもあり、お粗末な詐欺事件。事件の全容解明が待たれる。(鷲尾香一)