夏の終わりが徐々に近づいてきたが、この季節の定番といえば怪談話。子どものころに友人と集まって恐怖体験を披露し合ったり、テレビタレントの怖い話を震えながら聞いたりといった記憶がよみがえってくるのではないか。
不思議な経験としてしばしば耳にするのが、金縛りだろう。夜中に突然目が覚めたら体が動かない、声が出ない、寝ている自分の上に誰かが乗っていた――。幽霊と結び付けられたりするが、もちろん霊の仕業ではない。専門家に、医学的に説明してもらった。
寝付いてすぐにレム睡眠になることがある
記者は20代前半で1度だけ、金縛りを経験した。初めて海外でひとり暮らしを始め、生活環境が激変した矢先だった。ベッドの上で眠っていたらふと目が覚めたが、身動きがとれない。声も出せなくて少しもがいた記憶があるが、心霊現象は一切起こらずにそのうちまた寝てしまった。
インターネット掲示板やブログでの書き込みを見ると、金縛り体験談として「疲れていたときに起きた」という記述がいくつかあった。音が聞こえたり耳鳴りがしたりする、何度も経験するうちに自分で「金縛りになりそう」という感覚が分かる、さらに「毎日のようになる」と悩んでいる人もいた。
専門家や複数のクリニックのウェブサイトをみると、金縛りは、寝入ってからしばらくたつと現れる「レム睡眠」のときに起きるとある。「健康・体力づくり事業財団」のサイトによると、この時は、急速な眼球運動が出ている、体の姿勢を保つ筋肉の緊張がほとんどなくなる、感覚刺激を与えても目覚めにくいのが特徴だ。レム睡眠は全体の睡眠の20%を占め、「脳は働いているが、身体の筋肉がゆるんでいる」状態だ。そのためレム睡眠時に突如目が覚めると、脳は覚醒しているのに体が動かせない。これが金縛りで、専門用語では「睡眠麻痺」と呼ばれる。
もう少し詳しいメカニズムを知るため、J-CASTヘルスケアは睡眠総合ケアクリニック代々木の碓氷章院長に取材した。寝ていてふと目が覚めることはしばしばあるが、必ずしも金縛りになるわけではない。この点、碓氷氏は、「出眠時(目が覚める時)にも生じることはありますが、入眠時(寝付く時)に生じます」として、こう続けた。
「通常、睡眠はノンレム睡眠から始まり、寝付いてから90分程度の時間が経ってからレム睡眠になります。ところが寝付いてすぐにレム睡眠になることがあります。ほんの少し前まで覚醒しているので、寝床で寝ようとしていることは分かっています。そこでレム睡眠になると動こうと思っても体は動きません。これが金縛り(睡眠麻痺)です」
レム睡眠の時に体が動かないことについて、こう補足する。「安静にしていても覚醒時の筋放電は高く、これは動かそうと思えば体は動くことを示しています。一方、レム睡眠は筋放電が一晩で最も低い(ほとんどない)状態です。これは、どんな夢を見ていても体は動かないことを意味します」。
十分な睡眠と規則正しい生活が大切
一方で、レム睡眠から覚醒に移行した時にも、出眠時の金縛りが生じることがあるという。ただし「勿論、レム睡眠からの覚醒で必ず生じるわけではありません。むしろ稀です」と碓氷氏。どういう時に起こるかは分かっていないという。
金縛りになりやすい条件はあるだろうか。
「入眠時の睡眠麻痺は、若年者(10代~20代)に多い、中途覚醒後の再入眠時に多い、睡眠不足で生じやすい、不規則な睡眠覚醒リズムで生じやすい、などが知られています。また抗うつ薬を内服していた方が急に止めるとレム睡眠が増えるので、生じやすくなります」
また金縛りを「心霊現象」と結びつける話をよく聞く。この点についても、碓氷氏に質問した。答えはこうだ。
「レム睡眠時に夢を見ます。通常は覚醒と時間的に断絶された中(入眠から90分前後)でレム睡眠になるので、夢は夢となります。しかし、覚醒を引きずったままレム睡眠に移行すると、寝床で寝ようとしている現実世界に夢が混入します。これは入眠時幻覚と呼ばれます。人の姿は見えないけれど気配をありありと感じる(実体的意識性)のはこの時よくあるものです。何かが見えたり、聞こえたり、触られた感じがしたりすることもあります。
金縛りは体を動かそうと思っても動けない状態ですので、身体が重く、何かが乗っているかのようにも感じます。
体験としては非常に怖いことになるので、幽霊話になり易いのでしょう」
やみくもに「金縛りが怖い、不安」と落ち込むよりも、規則的で十分な睡眠をとるか、一度生活を見つめてみることが大事だ。また、若者にはあり得る現象である点も碓氷氏は指摘している。「規則正しく十分な睡眠時間、10代は8時間以上、成人は7時間以上をとっているか、振り返ってみて下さい」と勧めた。