中国から米国に飛行機や船などで運ぶのではなく、ある特殊な装置を使用して生物を移動させる――。
まるで米国のSF作品「スタートレック」に登場する転送装置のような機械が、米Synthetic Genomics社(SGI)によって開発されたと、海外の科学技術分野系メディアが伝えている。
ただし、今のところ「転送」できるのはウイルスや細菌だけだという。本当にそんな装置が実現したのだろうか。
DNAのFAXのような装置
遺伝子工学・バイオテクノロジー分野の技術情報メディア「GEN」の2017年8月1日付の記事によると、SGIが開発した装置は厳密には「転送」装置ではない。
転送したい対象の遺伝情報をデータ化し、そのデータを元にまったく同じ遺伝情報を持つものを遠く離れた場所でDNA合成によって再現するという、いわばDNAのFAXやプリンターとでもいうような装置だ。「Digital-to-biological converter(DBC、デジタル―生物変換器)」と名付けられている。
FAXと異なりDBCにとっての「インク」は、DNAやRNAを構成する「ヌクレオチド」という物質で、このヌクレオチドを組み合わせてゼロから遺伝情報を再現し、ウイルスや細菌を作り上げるという。
SGIで遺伝子技術研究を担当するダニエル・ギブソン博士は、「GEN」の取材に対し次のように話す。
「これまでにもヌクレオチドを組み合わせて200塩基対程度を自動的に合成する装置はありましたが、インフルエンザウイルスのように5000塩基対も必要になるものを、エラーも起こさず短時間で完璧に合成できる装置はありませんでした」
データの元になったウイルスがそのまま転送されているわけではなく、「転送装置」と言えるかは微妙だが、まったく同じものが離れた場所に再現されるということは、疑似的な転送であると言えなくもない。
装置自体は2016年に完成しているが、そもそも一体どんな目的で使うものなのか。
実は2016年末にはすでに稼働試験も行われている。中国で流行していたインフルエンザウイルスのデータを米国に送信し、このデータを元にまったく同じインフルエンザウイルスをわずか16時間で合成。ノバルティス社などと共同でワクチンの製造を行ったという。
SGIが2017年5月に英科学誌「Nature」が発行する「Nature Biotechnology」に発表した論文の中では、
「従来のインフルエンザワクチン調製には、ウイルスサンプルを入手してから少なくとも1か月を要していたが、DBCによってこの時間を短縮し、流行およびパンデミックが発生する前にワクチンを用意することが可能になる」
と説明されている。
データをメールに添付すれば転送完了
SGIのプレスリリースによると、DBCに送るデータはメールに添付する程度でよいため、インターネットにさえ接続できれば、理論的には世界中のどこからでもウイルスや細菌を「転送」することができる。
急速に変異が進むようなウイルスが出現したとしても、回収したサンプルからすぐにワクチン製造施設でウイルスを再現し、その都度素早く対応したワクチンを製造できる。また、患者の遺伝情報を元にその患者に合った薬をDBCで製造し、素早く処方する、といった使用方法も可能だという。
現在は市販されていないものの、ギブソン博士は2~3年内に販売できるとコメントしている。
ところで、DBCではウイルスよりも大きなものは再現できないのだろうか。SGIはDNAやRNAといった遺伝情報だけでなくたんぱく質などの合成も可能で、将来的にはそれなりの質量がある生物を「転送」することも不可能ではないかもしれないとしていた。