出産時に麻酔を注入して痛みを抑える無痛分娩。恩恵を受ける妊婦が増えている半面、悲しい死亡事故も起きた。
フランスでは、全分娩の8割に達するほど定着しているが、日本ではまだ少数派。それだけに「危険なのでは」との誤解が広まる恐れがある。
適切な処置を施せば救えた可能性
2015年夏、神戸市のクリニックで無痛分娩の事故が発生した。当時33歳の妊婦が意識不明となり、回復することなく17年5月に亡くなった。
日本産科麻酔学会のウェブサイトによると、現在多くの国で行われる無痛分娩は「硬膜外鎮痛法」。脊髄を覆う硬膜の外側に細いカテーテルを挿入し、麻酔を注入する方法だ。鎮痛効果は強く、意識ははっきりしたままで多くの場合、呼吸は影響を受けない。ただし処置は「やや難しい」と同学会は判定している。
神戸のケースも、硬膜外鎮痛法だった。その様子を、2017年7月27日放送の情報番組「ビビット」(TBS系)で、女性の夫が回想した。麻酔を入れてから女性はすぐに苦しみ出し、「息ができない」と訴えた。この時医師は、外来患者の診察のためその場にはいなかった。事態の急変に看護師が医師を呼び戻すも、夫の目には「(医師は)動揺して、何が起きているか分かっていない様子」だったという。女性は大学病院に救急搬送されたが、麻酔注入から25分が経過していた。
緊急帝王切開手術により出産はしたものの、女性は脳に大きなダメージを負って意識が回復せず、そのまま17年5月にこの世を去った。さらに生まれた男児も、出産時の呼吸不全の影響で脳に酸素が十分に行き渡らず、今も病院で治療を受け続けている。
事故原因について、番組に出演した日本産婦人科医会副幹事長の鈴木俊治氏は、カテーテルがトラブルにより硬膜の中の「くも膜下腔」まで入り、大量の麻酔が注入されたのではないかと話した。こうなると麻酔の影響で呼吸ができなくなって酸素が不足、脳に酸素が行き渡らずに意識障害になる。
そのうえで鈴木氏は、適切な処置を施せば女性を救えた可能性があると指摘。呼吸が出来なくなっている際に、人工的に酸素を与えていけば次第に麻酔は覚めていくという。
事故が起きたクリニックは当時、対応できる医師は1人だったという。その医師が硬膜外鎮痛法の最中に離席したのも不可解だが、緊急時に何の処置も施せず大学病院に搬送するしかなかったというのは、未熟と言われても仕方ない。
普通分娩に比べて死亡率が高いわけではない
無痛分娩が行われる割合は、米国で61%(2008年調査)、フランスでは80%(2010年調査)に達すると、日本産科麻酔学会がサイトで紹介している。一方日本では2007年度調査で全分娩の2.6%だったが、日本産婦人科医会の全国調査では2016年に実施率が5.2%だったと、2017年7月20日付の毎日新聞電子版が報じている。単純計算で、9年で倍増したことになる。また無痛分娩が行われる医療機関の58%が、規模の小さい診療所が占めたという。
厚生労働省研究班は2017年4月16日、医療機関が無痛分娩に対して十分な体制を整えることを求めるよう提言した。ただ当時、厚労省地域医療計画課の担当者はJ-CASTニュースの取材に、「普通分娩に比べて死亡率が高いというわけではなく、今回の提言は、無痛分娩は危険だなどと言っているものではありません」とこたえている。
今回の事故でも、ツイッターを見ると、無痛分娩が危険という誤解が広まるのではないかと危惧する意見が見られる。
小児科医の森戸やすみ氏は朝日新聞デジタル「アピタル」7月24日付記事で、無痛分娩を取り上げている。自身は自然分娩で出産経験があるが「ものすごく痛かったです」。一方で「そういった出産の痛みを神聖化する人たちもいます」と指摘する。だが無痛分娩の医学的なメリットはいくつもあり、「苦労があるほど、子どもをよりかわいがれるというのは神話にすぎないでしょう」という。
記事の最後に森戸氏は、「無痛分娩が、なんだかわからない怖いものとしてではなく、正しく理解され、出産の苦労を減らす普通の医療になることを願います」と締めた。