早期の前立腺がんには、手術や放射線療法などを何も行なわず、「放っておく」という療法がある。「経過観察」といわれる方法だ。
患者にとっては「大丈夫?」と不安が残るが、手術した患者と経過観察をした患者を比較した結果、死亡率に差がないことがわかった。米ミネソタ州立大学などのチームが研究をまとめ、医学誌「New England Journal of Medicine(NEJM)」(電子版)の2017年7月13日号に発表した。
前立腺がんは3年後に日本男性のがん1位
前立腺がんは最近急増し、2020年頃には日本人男性がかかるがんの第1位になると予想されている(2016年厚生労働省調べ)。しかし、進行がゆるやかで予後もいい。国立がん研究センターが2017年2月に発表した主要な16のがんの「10年生存率」では、前立腺がんは94.5%(5年生存率は93.3%)で最も良かった。
このため、早期に発見され、がんが転移せずに前立腺の中にとどまっている場合、あえて特別な治療を行なわずに様子を見る「経過観察」(注:PSA監視療法)が治療法の1つになっている。医師の監修のもとで前立腺がんの情報を提供している「前立腺がん総合情報サイト」では、「PSA監視療法」をこう説明している(要約抜粋)。
「PSA監視療法とは『何もしない』治療法です。がんと診断されたのに、前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSAの定期的検査をするだけで治療しなくていいと言われ、不安になる方も多いと思います。PSA値を定期的に測定し、1~2年ごとに生検を行いながら、がんが進行・悪化したと判断されるまで治療を行ないません」
「前立腺がんでは、手術や放射線治療、ホルモン療法がありますが、副作用や後遺症はゼロではありません。たとえば性機能が十分ある場合は、治療後の勃起不全(ED)により、人生の質が下がってしまいます。特に高齢の人では、治療による合併症がなく、生活の質が維持される利点があります」
もちろん、PSA検査で進行・悪化が認められと治療を受けることになる。
手術すると尿失禁や勃起不全が増える
さて、「NEJM」誌の論文要約によると、研究チームは、早期前立腺がんと診断された患者の中から75歳以下で余命が10年以上と判断された731人(平均年齢67歳)を対象に選んだ。そして、研究開始時点で、前立腺全摘手術を行なう364人と経過観察の367人に分け、最長約20年間(平均約13年間)追跡調査をした。実際には、手術を行なう予定だったグループのうち53人が経過観察になり、経過観察の予定だった367人のうち36人が途中で手術を行なった。
研究チームは、こうした途中の「変化」を考慮に入れず、当初の「治療方針」どおりに分析を行なった。ほかの病気の治療でも、途中で治療方針を変えることがよくあるからだ。調査期間中に、手術組では364人中223人が死亡(61.3%)、経過観察組では367人中245人が死亡した(66.8%)。死亡リスクの差は5.3%で手術組の方が低かった。また、死亡者のうち、前立腺がんによって死亡したと判明した人の割合を比較すると、手術組が27人(7.4%)、経過観察組が42人(11.4%)で、死亡リスクの差は4.0%でこちらも手術組の方が低かった。
しかし、これらは統計上、有意な差ではないという。偶然の範囲内の差というわけだ。逆に尿失禁や勃起不全の症状を起こした人は、手術組の方が明らかに多かった。
前立腺がんは、高齢男性が多くかかるがんだ。死亡率にあまり差がないのなら、自分の「余命」を考えて、「治療」するか「経過観察」かするかを選択することが大切かもしれない。