さまざまな臓器や組織の細胞に分化する能力を持つ「万能細胞」に、再生医療分野での期待は高まるばかりだ。京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥氏が2006年に作製に成功したiPS細胞(人工多能性幹細胞)、胚の内部細胞塊を用いて作られるES細胞(胚性幹細胞)が知られている。
これに続くかもしれないのが、東北大学大学院医学系研究科の出澤真理教授が研究を進めているMuse細胞だ。マウスの実験から、現在は根本的な治療法が存在しない慢性腎臓病を治すことができるようになるかもしれないと、研究成果を発表した。
腎機能は失われると回復しない
Muse細胞については、東北大・医学系研究科細胞組織学分野のウェブサイトに詳しい説明がある。主に骨髄や皮膚、脂肪に存在し、さまざまな臓器の結合組織にもある。体内に自然に存在するので、腫瘍化の危険が極めて少ないのが特徴だ。ひとつの細胞からさまざまなタイプの細胞に分化する多能性幹細胞で、2010年に出澤教授らの研究チームが発見した。
そのMuse細胞を使ったマウスの研究での成果を2017年7月13日、東北大が発表した。ヒト骨髄由来のMuse細胞を、慢性腎臓病のマウスに静脈投与したところ、腎機能障害が回復したという。
腎臓は、血液中の老廃物を「糸球体」と呼ばれる機能でろ過し、尿として排出する役割がある。ところが糸球体や尿細管の細胞が傷ついて機能しなくなると、体内の老廃物が十分に出せなくなってしまい、最終的には命にかかわる。また腎機能が失われると回復しない場合が多く、慢性化するという。さらに慢性腎臓病の治療法はこれまでになく、体内の老廃物を排出させるには人工透析、あるいは腎臓移植しか方法がないと言っていい。日本国内では現在、約30万人の人工透析患者がおり、治療費の経済的な負担も懸念事項だ。
研究では、慢性腎臓病のマウスの尾の静脈から、ヒト骨髄由来のMuse細胞を2万個投与した。発表資料によると、「マウス腎臓病モデルへの細胞移植実験で用いられる間葉系幹細胞では、通常数百万もの細胞が投与される」ので、「本研究にて用いられた細胞数は特筆されるべき少なさ」とのことだ。
患者数は成人の8人に1人の「新たな国民病」
投与の結果、Muse細胞は自ら腎臓に集積し、糸球体を構成する3種類の細胞へと自発的に分化していった。これにより腎機能の回復が期待できる。また、患者自身ではなくドナーから提供されたMuse細胞の使用が可能になると考えられる。
2017年7月12日放送の「報道ステーション」(テレビ朝日系)では、同日に行われた研究発表の映像を流した。この席で出澤教授は、「点滴で臓器を移植する。血管に入れただけで腎臓に集積をして、細胞に自分から分化していってくれる」とMuse細胞の可能性について言及した。実際に点滴による再生医療が実現すれば、全国の一般病院で治療を受けられる未来が開ける。
日本最大の腎臓病患者の会とされる「全国腎臓病協議会」ウェブサイトによると、慢性腎臓病は生活習慣病やメタボリックシンドロームとも関連が深く、誰でもなりうる病気で、既に国内の患者数は1330万人。この数は、20歳以上の8人に1人に達する計算だ。「新たな国民病」であり、根本的な治療法が確立しておらず、腎不全のような深刻な症状に進む恐れがある。Muse細胞の研究がさらに進めば、慢性腎臓病に悩まされる多くの患者に「吉報」が届く日が遠からず来るかもしれない。