「日本はアメリカの植民地ではない。立派な独立国だ。北朝鮮は日本の隣国なのだから、アメリカに頼っていないで、自分たちで北朝鮮を何とかするべきじゃないのかい?」
2017年7月4日、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM=Intercontinental ballistic missile)の発射に成功したと報じられ、先日、ニューヨークのセントラルパークで出会った白人男性(38)との会話を思い出した。
「反トランプ派がいるように、日本には反安倍派がいる」
気持ちのよい日だったので、セントラルパークでピクニックテーブルに座り、パソコンで原稿を打っていた。アメリカではこういう場で、他人と相席になるのは珍しくない。
同じテーブルでバックギャモンを楽しむ若いカップルと世間話をしていると、その男性が話に加わってきた。彼は5cmほどの短い鉛筆を使い、小さな文字で黙々と、ミズーリ州セントルイスに住む家族に手紙を書いていた。
「鉛筆で手紙を書くなんて、今時、珍しいわね」と私が言うと、男性が答えた。
「17年前にeメールを使うのをやめたんだ。米国家安全保障局が個人のメールを密かに調べている、というのをニューヨークタイムズで読んで、怖くなったからだよ」
男性は一般のアメリカ人に比べると、日本についても知識があった。
自分のフルネームを教えてくれたが、「名前を明かさないほうが、自由にものが言える」と断わり、落ち着きのある静かな口調で、丁寧に淡々と話し始めた。
「自分の国は自分で守る。国として当然のことだ。国家が、何より最初に必要なのは国防省だ。日本は先進工業国で、ロボット工学、物理学、数学、医学も優れている。原爆だって作れるはずだ。アメリカの助けを借りなくとも、韓国と日本で北朝鮮に対処できるだろう」
「軍隊を持つには、憲法を改正しなければならないわ」
そう私が言うまでもなく、彼は続けた。
「安倍首相は改正したいが、国民の反対は大きい。アメリカに反トランプ派がいるように、日本には反安倍派がいる。日本は平和主義などといわれているが、ダグラス・マッカーサーの下で作られた憲法に縛られているだけだろう。あれは、(満州事変が始まった)1931年から1945年までに日本がしてきた軍事行為を考慮し、作られたものだ。1947年には共産主義の中国も、北朝鮮も存在していなかった」
日本国憲法が1947年に施行されたことを、彼は知っていた。
「トマホークの性能は素晴らしい」
「日本は憲法を改正して軍隊を持つべき、というのがあなたの意見なのね?」
「そうだよ。日本は、普通の国として見なされる価値がある国だろう? 北朝鮮と戦うのに、日本の首相が米国の許可を取るのはおかしい。米軍関係者に日本人がレイプされるわ、米兵による凶悪犯罪でも日本の法律できちんと裁けないこともあったわで、日本人もうんざりしているはずだ」
男性はニューヨーク市ブロンクスで生まれ育った。コロンビア大学で物理学を学び、放射線技師として、海軍で5年間、その後、大学の研究所で6年間、働いていた。予算削減のために失業し、3年前に自動車修理工の職に就いた。
「ちょうど昨日、友人に話していたんだ。アメリカがシリアを攻撃したミサイルの開発チームに参加したかった、とね。『トマホーク』の性能は、素晴らしいよ」
2016年4月、内戦が続くシリアで、サリンとみられる化学兵器による攻撃で多数の死者が出たことを受け、トランプ政権がシリア政府軍の空軍基地に対して巡航ミサイルによる攻撃を行った。
「シリア攻撃は北朝鮮に対する見せしめだった。北朝鮮はしばらく、ミサイル発射などの挑発的な行動は慎むはずだ」
彼のこの予想は、外れた。
今年に入って11回目となる今回のミサイル発射は、米国防総省も大陸間弾道ミサイルと分析。対岸の火事ではなくなってきた。
(この項続く、随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。