安倍晋三政権が、財政健全化の目標の「修正」に本格的に動き始めたようだ。2017年6月9日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」で、国内総生産(GDP)に対する債務残高の割合の「安定的な引き下げを目指す」との目標を新たに盛り込んだのだ。基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)を2020年度に黒字化するという従来からの目標を維持はしたが、他の項目では財政支出による経済成長を重視する姿勢も強めており、主要紙では財政健全化の後退を危惧する論調が目立つ。
骨太の方針は「成長戦略」と共に閣議決定された。その柱は「人材への投資」。幼児教育を早期に無償化するほか、大学の学費負担の軽減や社会人の学び直しを進める。人口が減るなかで一人ひとりの能力を引き上げることで経済成長を後押しするという狙いだ。
成長戦略施策の裏付けとなる財政
具体的には、「幼児教育・保育の早期無償化や待機児童の解消」を最優先課題とし、1.2兆円とされる無償化の財源については、(1)財政の効率化(2)税(3)新たな社会保険――の3案を挙げて「年内に結論を得」るとした。(3)は自民党の小泉進次郎氏らが提案した「こども保険」のこと。
高等教育については、給付型奨学金制度など必要な負担軽減策を「財源を確保しながら進める」との表現にとどめて無償化には踏み込まなかった。これら、大枠での「教育無償化」は、維新の会が憲法改正で盛り込むべきだとして、最重視しており、「経済政策」の域を越え、維新の協力で改憲へという安倍政権の狙いがいよいよ鮮明になったと言える。
骨太の方針、成長戦略では人材投資のほか、自動運転やITを活用した金融サービス「フィンテック」の推進などを盛り込んだが、「従来の取り組みの延長線上」「焼き直し」などの評が多く、新味はない。
問題は、こうした施策の裏付けとなる財政だ。アベノミクスは金融緩和による円安を起点に企業業績が回復したものの、デフレ脱却には至らず、成長率は低いまま。金融政策頼みの限界も指摘される中で、財政支出拡大圧力が増している。
しかし、GDPの2倍超の1000兆円を上回る債務残高を抱え、財政再建の旗は降ろせない。社会保障などの政策に使うお金を、新たな借金に頼らずに賄えるかを示す指標であるPBについて、2020年度黒字化が国際公約になっており、その中間指標として2018年度のPB赤字をGDP比1%に抑えることも掲げる。しかし、J-CASTニュースも2月6日に書いたように、1月25日の経済財政諮問会議で示された新しい試算では2020年度にPB赤字が8.3兆円に達するとなっている。それとて、2019年10月に消費税率を10%に上げたうえで、経済成長が名目3%以上、実質2%以上で推移するという超楽観的な前提であり、PB黒字化目標は「達成不可能」(エコノミスト)というのが大方の見方だ。
「私はPB至上主義ではありません」
今回の骨太の方針で、新たに債務残高のGDP比の「安定的な引き下げを目指す」という目標を盛り込んだのは、安倍首相が2017年の通常国会の施政方針演説で、PBに言及せず、3月の参院予算委員会で「私はPB至上主義ではありません」と述べたことの延長上にある。
こうした安倍政権の姿勢を、全国紙は一斉に社説(産経は主張)で論じたが、押し並べて政府の財政健全化への姿勢の後退への懸念が強いなかで、読売だけは安倍政権への批判を抑制したのが目立った。
まず、読売以外の4紙は、「新目標が財政健全化の先送りにつながるようなことはあってはならない」(日経6月11日)、「懸念されるのは、新たな目標を置いたことにより、PB黒字化で借金依存からの脱却を図る作業が失速しないかだ」(産経6月13日)などと、政府の狙いへの警戒心を表明。毎日(6月7日)は「首相のブレーンの中には、基礎的財政収支の黒字化棚上げと消費増税再々延期を求める意見がある。今回がその布石との見方も出ている」と指摘する。
借金のGDP比率は低下傾向で、高めの成長なら低下し続け、小幅なプラス成長でも当面は横ばいと見込まれるが、各紙が新目標を懸念するのは、「日銀の金融緩和に伴う超低金利に支えられていることを忘れてはならない。いったん金利が上がれば債務残高は簡単に膨らむ」(朝日)からだ。
財政出動への「誘惑」
まして、財政出動への「誘惑」が強まっている。「中長期的に債務残高GDP比を下げるには、PBの黒字化は不可欠だ。短期的な歳出拡大や増税先送りの方便として目標を変更するなら大問題」(日経)であり、「財政出動で期待したほど経済が成長しなければ、借金だけが積み上がり、新指標も悪化する」(毎日)。
したがって、各紙は「真の経済再生には、成長力を強化し、増税や歳出削減も含む財政健全化を進めることが必要だ」(日経)、「PB黒字化が難しいなら、追加的な歳出・歳入改革を講じるべきだ」(産経)などと、歳出入の改革を要求。朝日は「今後、国の財政をどう運営するつもりなのか。政府には国民に対して説明する責任がある」と、「丁寧な説明」を迫る。
これらに対して、読売(6月5日)は「人材投資の財源確保が問題だ」とのタイトルにあるように、「人材投資」という歳出面から書き起こし、「人材を重視する方向性は理解できる。着実に進めてほしい」と、歳出に先に「お墨付き」を与えたうえで、財政に話を進めるという論理構成になっている。例えばこども保険について「政策の狙いを国民に十分説明し、費用負担の在り方を幅広く議論すべきだ」と、実質的に後押しする姿勢。
財政全般について、GDP比という新目標を加えたことに、「二つの目標のどちらを優先するかが曖昧で、結果的に財政規律が緩む恐れは拭えない」などと指摘しているが、新目標自体には「高い経済成長を続ければ、それだけ数値は改善に向かう。経済成長を通じて財政再建を進める姿勢を明確にしたと言える」と、安倍政権の狙いを代弁し、直接の評価は避けたものの、実質的に支持する姿勢をにじませることで、他紙との違いを際立たせた。