子どもからお年寄りまで、幅広く親しまれている健康法にラジオ体操がある。初めて放送されたのは今から約90年前。今でも、早朝におなじみの軽快なメロディーに合わせて体を動かす人は少なくないだろう。
一方で近年、高齢者にとってはラジオ体操が健康増進どころか、けがの元になるとの主張がしばしば見られる。
「足りないところは適切な運動で補うべき」
「週刊現代」2017年6月24日号で、「実はラジオ体操は『膝』と『腰』を痛めます」との記事が掲載された。朝の運動としてラジオ体操と散歩を10年近く続けていた72歳女性が、昨年から膝の痛みに悩まされるようになった。日課のラジオ体操は続行したが、だんだん痛みが強くなり、病院に行くと「変形性膝関節症」と診断された。「加齢とともに軟骨がすり減ると、半月板が損傷してバラバラになる。その破片が側副靭帯を圧迫して痛みを感じる」との説明だ。この女性の膝に負担をかけ、関節痛を悪化させていた一因がラジオ体操だったそうだ。「跳躍を伴うラジオ体操の動作は、膝に不安のある人には向いていない動き」との、南新宿整形外科リハビリテーションクリニック院長・橋本三四郎氏のコメントを紹介している。
また64歳男性は、朝礼前のラジオ体操で「思い切り前屈をした瞬間、腰に刺すような痛みが走って...」、病院で椎間板ヘルニアと診断されたという。「急激に腰を動かしたことで、ギックリ腰の症状が出てしまった」のだ。
2016年、「ラジオ体操は65歳以上には向かない」(太田出版)と題した書籍が出版された。筆者は戸田整形外科リウマチ科クリニック・戸田佳孝院長だ。クリニックのウェブサイトで、「高齢者にはひざを伸ばす筋力トレーニングが欠かせないのです。しかし、ラジオ体操は上半身(腕を回すなど)の運動が中心で、ひざを伸ばす筋肉を鍛える運動がありません......とくに、ひざが痛む人の多い高齢者には、ラジオ体操はあまり向いていません」と主張している。ただし、続けてこう説明していた。
「ラジオ体操をするにしても、その点をよく理解したうえで行い、足りないところは適切な運動で補うべきなのです」
百歳高齢者の中に「日課のラジオ体操が元気の秘訣」
ラジオ体操の普及を行なっているNPO法人「全国ラジオ体操連盟」は、「65歳以上に向かないのか」との質問に、ウェブサイト上で見解を示している。
「これまでも65歳以上の数多くのご高齢の方々が実践されてきました。この方々がラジオ体操を実践する中で支障を来すようであったなら、これほどの長期間にわたっての普及・継続はなかったものと考えます」
「ラジオ体操の基本方針は、『いつでも、どこでも、だれでも』が手軽にできる健康体操であって、誰からも強制されずに行えるところがよく、体の各部分を万遍なく動かせ、行った後で気持ちがよいものを、との方針に基づいてつくられていることから、これほど多くの国民に親しまれたことが定着の要因と思われます」
もっとも戸田院長は、2016年6月18日付の朝日新聞デジタルの記事で、「ラジオ体操は高齢者に悪いわけではなく、それだけで十分だとするのが危ないのです」とコメントしている。記事では、ラジオ体操を補うひざトレーニングを紹介していた。
先述の「週刊現代」記事は「Yahoo!ニュース」でも配信されているが、コメント欄には興味深い指摘がある。「痛いところがあるなら、無理しなければいいだけ」「年齢関係なく、無理してやってはいけない。腰や膝の悪い方はなおさら」「膝や腰が痛いのに日課だからとラジオ体操をすることがいけないんだと思いますよ」といった具合だ。また、いきなりラジオ体操を始めずに事前にストレッチをすべき、との意見もある。記事にも書かれていたが、NHKの体操番組では、立って行うものに加えて座って体操するバージョンを合わせた2通りを同時に放送している。
J-CASTヘルスケアは2015年10月21日付で「ラジオ体操 全身400の筋肉動かす長寿大国ニッポンの『秘密兵器』」という記事を掲載した。記事中、全国ラジオ体操連盟が神奈川県立保健福祉大学に委託した調査結果を紹介している。
「ラジオ体操を習慣化している60歳以上の約500人と同世代の全国平均値を比べたところ、ラジオ体操愛好者は、血管年齢が若く、肺機能も優れ、骨密度も高く、やや肥満気味の人でも筋肉量が多くて歩行能力が高かった。高齢になると栄養不足の人が増えるのだが、体操で食欲が向上するため栄養バランスもよかったという」
厚生労働省は2016年9月13日、毎年恒例の「百歳高齢者表彰」を行ったが、発表資料で紹介された高齢者の中に、毎朝欠かさずラジオ体操をしているという人が2人いた。前年の2015年の百歳表彰でも「日課のラジオ体操が元気の秘訣です」と1人の女性が答えた。ラジオ体操が「高齢者の体に悪い」ではなく、自分の体調を自覚し、それに合わせて体を動かせばやはり効果は大きいようだ。