2400ドルの罰金に寄せられた「寄付」
翌日、思いもかけないことが起きた。報道で事件を知った選挙活動中のトランプ氏が、サムに自ら電話してきたのだ。トランプ氏は、サムと制作者の熱意に礼を述べ、家族の無事を確認して喜んだ。
サムはその時の様子を、興奮気味に私に語った。
「『そばにいる家族に聞かせたいから、スピーカーフォンにしていいですか』とトランプ氏に聞くと、『もちろんだよ』と言って、妻や子供たちにも話しかけてくれたんだ。とても礼儀正しい人だったよ」
その時、一緒にいた「T」の制作者が、「今度はもっと大きな『T』を建てます」と電話で約束すると、トランプ氏は笑いながら、「That's really great.(それは本当に素晴らしいね)」と答えた。
翌日、以前より大きい、高さ4.9m、幅3.7mの「T」が同じ場所によみがえった。
サムの住む町は、スタテン島の北西部にある。トランプ氏に投票した住民は、全体の6割強と、南岸ほど多くはない。それでも新たに「T」が設置された時には、150人ほどのトランプ支持者が駆けつけ、皆で「God Bless America」を歌ったという。
その後、市の建築局から「T」の「照明と大きさ」について違反通告を受け、2,400ドルの罰金を支払うように命じられた。
サムは、「火を付けたのも建築局に通報したのも、トランプを嫌悪するリベラル派に違いない」と憤慨する。
ネットなどを通じて呼びかけた寄付金で、罰金を支払うことができた。
「T」再建のためにと、自分の手に100ドルを握らせてくれた男性がいた。家の玄関のベルを鳴らし、「次の作品の足しにして」と12ドルの入った封筒を差し出した女性もいる。
庭に取り付けるようにと、監視カメラを寄付した人、「トランプ氏を支持はしないけれど、あなたの表現の自由を支持します」と言ってくれた人もいた。
スタテン島の人たちの声を、これまで4回に渡ってルポしてきた。ほんの一部を歩いただけだが、全体的にのどかな島だという第一印象に変わりはない。
トランプ支持について語りたがらない人は珍しくなかったが、心を開いて長時間、思いのたけを話してくれた人も多かった。メディアや他の地域のニューヨーカーの圧倒的な反トランプの風潮に、うんざりしている様子が伺えた。
反トランプは少数派だが、「Make America Great Again.(アメリカを再び偉大に)」とトランプ氏のスローガンを掲げた旗に交じって、「Trump Not My President(トランプ 私の大統領ではない)」と書かれた旗を堂々と揚げるなど、息苦しさは感じられなかった。
「自分の主張を表現する権利」が生きている。
そんなことを思いながら、マンハッタンへ向かうフェリーから自由の女神像を眺めていた。
(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。